美空明菜は歌って踊る
立派な体毛帯びた獣人や、光る粒子を放つ妖精。名前もわからない種族達は、ユーフォリー神宮前で賑わっていた。
三惑星間合同のお祭りの為、両地球の参加者だけでなく、ユーフォリーのファンタジックな原住民たちも、軒並み参加している。
違う人種や生き物との交流は、星繋ぎの祭り特有の醍醐味である。
明菜は陸也との再会を果たすために、ユーフォリー神宮前の、巨大な群青色の鳥居に体を預けていた。
両手はすでに、ユーフォリー特産のお菓子で埋まっていた。右手には、とろけるような甘みと、口内で弾ける食感がたまらないパチパチチョコ。左手には、一口ごとに味が変化するレインボーポップコーン。
どちらも十年前の星繋ぎの祭りで味わった、思い出を刺激するお菓子だった。露店を営んでいる、狼のような鋭い耳と、焦げ茶色の体毛を携えた老齢な店主も、昔と変わらない穏やかな表情で祭に来る客を見守っていた。
「うーん。陸也くんは見当たらないですねえ」
魚群のように押し寄せる集団を見渡しても、陸也の姿は見当たらない。再会場所は未定の為、初めて出会った場所で待つことにしたが、未だ再会には至っていない。
楽しげな喧騒から運ばれて来る歓声や音楽。お祭りの雰囲気を取り込むたびに、好奇心は増していった。
「あちらの方はなんだか楽しげな響きですね……待ってるよりも、探しに行った方がいいのかもしれませんね」
踊る心は止まらなくて、体は勝手に動きだす。明菜はフラフラと人混みに溶け込んで行った。
ただの歩みは音楽に乗り、華麗なステップへと進化した。踏み出した足は弾み、ダンスをするように飛び跳ねた。
「わんわわんーにゃんにゃんなーご」
デタラメな歌を口ずさむと、気分はさらに昂ぶる。少しずつ消費したお菓子もなくなり、身軽になった体は、自然に一回転、二回転とクルクル回り出した。
「ちょっと、そこのあなた」
「ひゃい」
突然声をかけられたことに驚き、明菜の体は跳ねた。振り返った先には、陽光のごとき金髪をオールバックに
加えて特徴的なのは、上部が細く、尖っている耳。
何か怒らせるようなことをしてしまったのでしょうか、と明菜は不安に駆られたが、エルフの女性は、興奮した面持ちで明菜の手を握り、上下へと振り乱した。
「さっきから見てたけど、あなた素晴らしいわ。その歌は何? オリジナル? まあいいわ。この後天使の休憩広場の特設ステージで、飛び入り限定の歌謡ダンス大会が行われるんだけど、あなたも出場してみない?」
「ええっー!」
唐突な申し出に、明菜は目を丸くした。
生まれてこの方、コンテストや大会の類に出場機会はなかった。歌やダンスはただの素人。そんな自分が公衆の面前でなんて。
断り文句が喉元から出かかったが、ふいに脳裏に浮かんだことは、今は亡き父の言葉だった。
『楽しいことは勝手にはやってこない。より楽しく理想に満ちた人生を歩みたいなら、困難なことにも飛び込んでいかなきゃな』
「やらせて頂きます」
決意に満ちた瞳を携え、拳を空に突き出した。何事にも挑戦し、楽しく理想に満ちた人生を自らの手で掴みとるのだという気概を秘めていた。
それに、少しでも目立つことが出来れば、その分陸也にも見つけてもらえるかもしれないという期待もあった。
「そうこなくっちゃ。特にルールはないから、好きに歌って踊ってもらえば構わないわ。何か質問はある?」
明菜は、少し
「あの……お手洗いはありますか?」
明菜は七色に輝くステージ上を、弾力の増したスーパーボールのごとく踊り回った。
魔法の力で奏でられる音楽は、明菜の心情を高度に再現し、へにゃっとした不協和音をも意図的に生み出した。
回り踊り、腕を突き出すと、自動的に指先から蛍光としたラインが宙に残り、わずかに明滅した後にサラサラと無に帰った。
化学技術と魔法の融合。夢のようなステージは、両地球とユーフォリーとの友好のシンボルだ。
星繋ぎの祭りが行われる遥か昔、惑星間接続は果たされた。接続の歴史は侵略の歴史ではなく、異種族同士がわかりあう交流の歴史だった。
地球の祖先、ユーフォリーに住む種族の祖先。まるで違う生き物の
共に食事をすれば言葉なんかいらない。それだけでわかりあえる。
そんな
明菜は歌う。歴史や文化の流れは知らなくとも、親愛の証であるステージで。
それは歌というよりも、ただの楽しさを乗せた音だった。言葉の意味はわからずとも、ただ聴いているだけで感情を想起させられ、気がつけば自然と踊り出してしまう。そんな気持ちを表現した音だった。
躍動的なフィナーレを持って、音楽が止み、明菜は一瞬、無音の世界に佇む。刹那に空気は弛緩し、目一杯のお辞儀を決めた。
体を倒す勢いが強すぎて、伸ばしたままの両手は勢いよく天を指した。まるで、羽ばたく前に羽を広げる鳥のようだった。
直後、割れんばかりの拍手が響く。誰もが明菜のデタラメな歌と踊りを賞賛していた。
明菜は、歓声を身に受けながら、恐れ多いと思いながらも、胸の奥から込み上げる高揚感に、思わず笑みを浮かべたのだった。
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