心ときめかない出会い

 ユーフォリー行きのワープゲートをくぐると、立ち並ぶ露店が見えた。どこからか流れるBGMは、お祭りムードを相乗的に高めていた。


 陸也の今日の出で立ちは、相当に気合の入ったものであった。普段はジャージで過ごしている彼とは一味違う。


 滅多に使わないワックスで髪型を整えていた。服装もシンプルかつさりげないオシャレを主張した無地のシャツ。それに加えサマーカーディガンにスキニージーンズ。すべてこの日のために購入した物だ。


 右ポケットに手を突っ込み、プレゼントの所在を確かめる。固い感触を確かに感じられて、陸也はホッと安堵した。


 もし明菜に会えた時には告白をして、プレゼントを渡すことも想定していた。


 離れ離れになっている間も、俺のことを思い出して。


 そんな気障ったらしいセリフまで用意している始末であった。


 プランが無事成功する未来を思い描き、一人で笑う表情は、緩みきっていた。


「いけね。明菜はもう来ているかもしれないし……とりあえず探さなきゃ」


 陸也は、どこを探すべきかと逡巡した。


 おぼろげとなりつつある記憶を辿ると、明菜と出会った場所は、ユーフォリー神宮であった事を思い出した。


 神社を模したユーフォリー神宮は東に位置しており、日本の文化とユーフォリーの文化をミックスさせた娯楽エリアとなっている。

 何か特定の願いに通ずるというよりは、どのような願いをも聞き入れる、懐の深い神をまつっている。


 もし会えなかったとしても、験担げんかつぎとして参拝してもいいだろう。


 高揚とした気持ちを表すように、陸也は軽快な足取りで人波を進んだ。


 石垣に囲まれた曲がり角を左折し、目的地までもう間も無くといった矢先。


「うわっ」

「痛っ」


 勢いそのままに左折しようとした為、走っていた少年と衝突した。幸いお互いに尻餅をつくだけで済み、大きな怪我はなかった。


「危ねえな気をつけろよ」

「いい大人のくせに、ぶつかったことを謝りもしないのかよ」


 生意気な口調で返され、思わず怒鳴り散らしそうになったが、ぶつかった相手が少年であると知り、かろうじて堪えた。


 楽しいお祭りでキレるのは良くないし、子供に怒りをぶつけるなんて格好悪いことだ。年上としての余裕を見せようと考え、陸也は立ち上がり、恨めしそうに睨み顔をきかせている少年に駆け寄った。


「……大丈夫か? はしゃぎたくなる気持ちはわかるが、走るのは良くないぞ」

「お前も走ってただろ。自分のことを棚にあげるなんて、器ちっさ」

「ああん?」


 生意気な物言いに、陸也はあっさりとキレた。

 両手で少年の頬を掴み、千切れんばかりに左右へと引っ張る姿に、大人としての余裕は微塵も感じられない。


「ひゃめろ」

「おふっ」


 少年の放った一撃は、意図せずに陸也の急所にダメージを与えた。具体的な場所は股間。

 男性特有の急所から痺れるような痛みが走る。陸也は悶絶し、地面を削るほどの勢いでのたうちまわった。


「お前、それは反則だろ」

「ふん。人の頰を引っ張るから悪いんだ……あーっ」


 少年は悲痛を感じるほどの叫び声をあげた。彼の手には、うさぎの耳を携えた緑色の肌をした人形を掴んでいた。うさぎガエルと名称出来そうな人形は、顔の半分が欠損していた。陸也とぶつかり地面に落下した人形は、壊れてしまっていた。


「なんてことしてくれたんだよ。責任とって弁償しろよ!」

「……お前、俺に子供出来なくなったらどうすんだよ。俺の子を産んでくれんのか?」

「はあ? 何気色悪いこと言ってるんだよばか。弁償しろ弁償!」


 呪詛めいた言葉をぶつけながら、少年は陸也の体を叩き出した。

 大した痛みではなかったが、さっそく訪れた失敗に、片方の玉を抑えながら嘆息した。


 こんなことで、果たして明菜に会えるのだろうか。運命の女神がいるのであれば、今頃はきっと、爆笑している最中なのかもしれない。

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