第3惑星より愛を込めて〜大砲と黄色い勿忘草〜
遠藤孝祐
世界が繋がる前日譚
五つの花弁に象られた黄色の花が、束になって連なっている。
二メートル四方の花壇には、黄色い花が目一杯敷き詰められていた。その前には、祈るような視線を込め、熱を込めた口調で呟く男がいた。
「好きです。俺と付き合ってください。いや、これじゃあ普通すぎるか」
言葉を確かめつつ、自身の口調の修正を図る。より最適な言葉で、より響く言葉で。
「ずっと、ずっと好きだった。俺と一緒にいて欲しい」
より想いを込めた言葉に羞恥心が耐えられず、そのまま膝を抱えてうずくまる。頭をガシガシと搔きむしり、羞恥心を払いのけようとしていた。
その男、
待ち焦がれ、思い焦がれ、耐えに耐えた約束の日が明日に迫っていたのだ。
「おお気持ち悪い気持ち悪い。胸に手を当てながら花壇に向かって
カカッ、と入れ歯を楽器のように鳴らしながら、陸也の祖母であるまさゑは、奇行に走る孫の様子を眺め、吐き捨てるように言った。
堅焼き煎餅を頬張りながら、トロピカルマンゴーティーを飲んでいた。陸也はいつも、その奇妙な組み合わせを見ると、ツッコまずにはいられなかった。
「いつ見てもよくわからん組み合わせだな、ばあちゃん。堅焼きせんべいはきちんとよく噛んで食べろよ。喉に詰まらせでもしたら、俺が喜ぶぞ」
「わしの心配をするより、その気色悪い告白の出来を心配したほうがいいじゃろ。わしがそんな告白をされようもんなら、笑い飛ばしてまうわい」
「そりゃばあちゃんにする告白の言葉なんて俺は知らねえよ。大好きなばあちゃんに孫が言うことなんて一つだけだ。ばあちゃん大好き、お小遣いちょうだい」
「可愛い孫に頼まれると断れんのう。奮発して一万円をくれてやるわい。子供銀行券のな」
売り言葉に買い言葉の応酬が繰り広げられる。御歳七十を超える高原まさゑは、孫どころか誰に対しても、容赦なく憎まれ口を叩く。周囲の反対を押し切ってまで、異世界の者と結婚することを選んだ豪快さが、如実に表れている。
陸也が庭に咲き誇る花に告白の練習をする。それをまさゑが見つけら陸也に憎まれ口を叩く。お約束とも言える流れは、五年以上に渡って繰り返されていた。
降り注ぐ斜光が地面を伝って空気を茹で釜のように熱し、陸也の額に汗が滲む。明日も暑くなるだろう。
それはもちろん構わない、と陸也は思う。なんたって明日は、お祭りなのだから。
「告白の練習をからかわれるのも今日までだ。なんたって俺は、明日こそ告白を成功させるんだからな」
「はっはっは。肝心なところでいつも失敗する陸也が、告白を成功させるなんて、こりゃバラエティ番組を見るよりも笑えるわい」
右手を突き上げ、やる気に燃えている陸也を見据え、まさゑは笑い飛ばした。
陸也は悔しさに顔を歪めるが、反論の言葉は見つからなかった。
陸也は過去について思い返した。ピッチャーとしてマウンドに立てば同点とされ、演劇で役柄をもらえば台詞を忘れ、大学受験の際には、消しゴムを忘れた。
大したことではないにせよ、陸也は肝心なところで失敗ばかりしている。そんな自分自身の悪癖とも言うべき運命について、他でもない自分自身が一番理解していた。
だからこそ、まさゑに何度笑い飛ばされようとも、十年振りに再会するかもしれない子に向けて、告白の練習を繰り返しているのだ。
「せいぜいがんばるこった。けど十年振りに会うっていうその子は、明日から二日間しかない星繋ぎの祭りに来るのかね?」
「来る……はずだ。なんせ約束したんだからな。もし全てがうまくいっても、感動で泣くなよ」
「陸也の恋愛話なんぞ、亡くなったじいさんの浮気話ぐらい聞きとうないわ。まああの不器用者は、浮いた話なんぞなかったがね」
まさゑの表情は瞬間的に陰るが、すぐさま皮肉めいた顔に移った。陸也は知っていた。去年に脳出血で亡くなった祖父のことを思い、こっそりと泣いているまさゑの姿を。
そしてその頻度が少なくなり、反比例するように陸也へのからかいが増えていることも、知っていた。
祖父が死んだことも、いずれは風化していき、思い出が記憶へと変わっていくのだろう。
そう思えば、まだ思い出に残っている間に、この気持ちを伝えなければ。
星繋ぎの祭りは、いよいよ明日に迫っていた。
可愛らしいキャラクターグッズや、パステル調の色彩に囲まれた一室にて、
両手を左右に振り乱し、ぺたんと地面に両手をつけ、体の動きを確かめ、パフォーマンスを最大にまであげるために、体を
木に絡みつく蛇のようにしなやかな動きは、コミカルさが滲み出ているが、当の本人は至って真剣な表情で、儀式めいた行為に挑んでいる。
なんせ明日は、十年ぶりの開催となる三惑星合同のお祭り、星繋ぎの祭りなのだ。
全力で楽しむためには、健全な体と安定した精神が必要不可欠。そう考えた明菜は、星繋ぎが起きる一週間も前から、精神と肉体の健康のために自作のヨガに興じていた。
毎日行っているため、母親からは何か言いたげな視線を送られているが、当の明菜は全く意に介していなかった。
「おや、ノリスケさん」
美空家の愛植物犬のノリスケが、明菜の足にじゃれついていた。体が植物に覆われており、動物の犬と同様に自立した行動をとっている。
血肉をまとっている動物が主となる陸也の地球とは異なり、明菜のいる地球では、動物より植物が生態系において多様性を持っていた。
愛植物犬のノリスケは、明菜の父が亡くなった際、寂しさを埋めるように新たな家族として、美空家に加わった。
美空家唯一の男としての役割を感じているのか、侵入者を威嚇し、家族の雰囲気を察して側に現れる、賢く優しい成植物犬だ。
「ノリスケさん。いよいよ明日になりますねえ」
ふにゃっとした明菜の口調。その意味を知ってか知らずか、ノリスケは明菜を見つめた。
明日からの二日間。明菜が住む地球と、歴史や変遷の違うもう一つの地球が繋がる。
正確に言うと、地球と地球が直接の接続を果たすわけではなく、とある惑星へのゲートが開く。
中間惑星ユーフォリー。
数年に一度ランダムに観測され、二つの地球への接続を果たすと、二日間に限り安定してゲートが開かれる。
現代の観測技術により、ユーフォリーと接続を果たす一年前から、前兆は捉えられた。
実に十年振りとなる星繋ぎの際に、三惑星合同の祭りが開催される。
星繋ぎの祭り。古来より繰り返されてきた二日間の奇跡が、いよいよ明日に迫っていた。
「ふっふっふーん。楽しみですねー。パチパチチョコやミノタウルスさんの闘牛ショー。マジシャンさんのリアルマジック。ユーフォリー神宮やマシュマロ城にも登りたいです。なんだか、素敵なことでいっぱいですね」
弾むような鼻歌を奏でながら想像した星繋ぎの祭りは、ワクワクを詰め込んだ色彩だった。フィクションでしかないようなファンタジーに満ちた光景も、ユーフォリーの中でなら現実の物だ。
妖精が舞い、魔法が飛び交い、獣人たちが出店を経営する、夢のような二日間が待っている。明菜の心は、いよいよ盛り上がりつつあった。
そして、星繋ぎの祭りで一番楽しみにしていることを、明菜は思い浮かべた。
「会えますかねえ、陸也くんに」
十年前、父親が入院し、母親が付き添っていた為、一人で星繋ぎの祭りに明菜は繰り出した。
そこで出会った、もう一つの地球に住む、高原陸也。
一緒に遊び、楽しい時間を過ごしたことを、明菜は忘れずに覚えていた。別れ際に陸也から渡された巾着袋を手に取り、じっと眺めた。
『次の星繋ぎの祭りで、僕に返して欲しいんだ。約束だよ』
幼い頃に交わされた約束から、十年もの月日が流れた。人が変わってしまうには充分すぎる年月だ。陸也は星繋ぎの祭りに来ると、明菜も確信しているわけではなかった。
けれども、わずかでも可能性があるのであれば、再会できることを信じることにしたのだ。
ノリスケは、一度だけワンと鳴いた。
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