第3話 駅前のサンタ

 サンタに扮した悪魔と使い魔は、駅前の賑やかな広場にある噴水前のベンチに座っていた。

 町の中心部だった。

 夏の暑い日なら子供がびしょ濡れになって遊ぶ大きな噴水だったが、真冬の今日、さすがに水は出ていない。

 駅の二階のホームに繋がった歩道橋からは、たくさんの人々が下りてきて、広場へと歩いてくる。

 広場のあちこちには、スケボーをする少年、敷物を広げアクセサリーや小物を売るひと、ホットドッグの屋台、仲良く座って話をするカップルが見えた。

 悪魔は、そんなとりとめもないひとびとの営みを、ぼんやりと見ていた。 

 ビラを配るでもなく、看板を持つでもなく、ただヒマそうに座るサンタに、怪訝そうな視線を向ける人も居たが、だいたいは、それぞれのひとが、それぞれの秘密を抱えて、忙しそうに歩き去っていった。

 みんな忙しいのである。

 悪魔だけ暇そうだった。


「おやぶーん」と、小さなコウモリが、サンタコートの胸元から、顔だけ出して言った。「どうするんですか? それで」

「まあ黙って見とけ」

 悪魔は妙に自信に満ちた顔で言った。

 使い魔は、いつもの疲れたため息をつきながら、また悪魔の懐にもぐりこんだ。

 無数の欲望が街に渦巻くクリスマス。

 悪魔にとって、絶好の稼ぎ時だった。

 独りでクリスマスを迎える孤独なニンゲンたちは、悪魔にすらすがりつきたい心境のはずで、きっと他の悪魔たちは、そんなココロの隙間につけこんで、今ごろ派手に契約をとりまくっているに違いなかった。


 ―― 悪魔が人間の願いを叶え、その代償としてを奪う ――

 古来から知られる、悪魔の契約。

 悪魔としてのランクや能力は、手に入れた魂ので決まる。

悪魔にも階級があり、【大悪魔】と呼ばれるエリートになるためには、契約をこなし、たくさんの魂を手に入れるしかないのである。

 なのに、ハチのご主人さま悪魔ときたら、全然マジメに仕事をしない。

 契約する相手も、契約内容も、なんだかんだとえり好みする。

 だから魂もなかなか集まらず、出世もロクに出来ず、同期の悪魔からはどんどん置いていかれる。

 使い魔のランクや能力もまた、主人の悪魔のそれに左右されるのだから、落ちこぼれ街道まっしぐらのご主人様に、ハチが文句を言いたくなるのも無理はなかった。


 さて、悪魔が欲しがる【魂】とは、人間の持つのことである。

 言い方を変えれば、それは寿命という【未来】でもあるし、記憶という【過去】でもある。

 記憶、思い出、夢、希望、情熱、そして寿命……。

 表現はそれぞれだが、とにかくヒトだけが持つ、限られた

 それを悪魔は、【魂】というカタチで奪っていくのだ。

 悪魔は、大切な思い出、美しい記憶を狙う。

 理想に彩られた夢、激しい情熱を欲しがる。

 ヒトの持つ可能性である【時間】を奪っていく。

 そして、悪魔はそういったを吸収することで、さらに自分の能力を伸ばし、様々な魔力を身につけていくのだった。


 ……というのは、ちょっと以前までの話。

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