第19話アライの決意

 かつて第六界で最初に魔王を討伐した者は人間の三兄弟だったという。彼らは幼少の頃から天使を通さずナミ神の声を直接聞くことが出来た。世界と生命を創造したもののただ上から人々の様子を眺める事しか出来なかったナミカミは初めて人間と”会話”が出来たことを大変喜んだ。そしてお互いに離れた場所から話している内に直接会ってみたいと思う気持ちが強くなっていった。だが下界に降りれば自身の力に耐えきれず世界、生命達を崩壊させてしまう事を知っていたナミカミはとても悲しんだ。その悲しみを知った三兄弟はナミカミに仕える天使達と協力して永遠の友の贈り物を作り天使を通してナミカミに贈った。これが後の『神器』と呼ばれるナミ神からの信愛の証の源となったとされる。そしてこの神器が後に起こる神の使い同士の争いや堕天の原因の一つになっていく。三兄弟は一体の天使と協力して魔王を倒し、平和を取り戻した後に自分達に協力してくれたナミカミへの感謝を込めて教会を建てた。その後三兄弟が亡くなりその子孫達が決別し三つの教会に分かれてもナミカミの彼らへの信愛は消える事無く続いている。

                          ―ナミカミ天地創設説 第三章 第六界より抜粋-


天界


 ルシアはマキ達を見送った後自分の書斎でいつもの様に自分の机の上に座り込み読み物に耽っていた。第六界での魔王討伐の試練中にオケラという魔王軍に属する人間の男が勇者三人とナミカミの使い三体をほぼ同時刻に殺している案件について調べていた。つい先日までこの情報を前担当だった大天使ダリヤがひた隠ししていたのが大天使統括シンの権限でようやく公表させることが出来た。今までの第六界の魔王討伐試練では勇者同士でお互いの願望と教会の名誉を懸けて殺し合ったりする例はいくつか存在していた。しかし今回のような魔王軍側に、ましてや人間の男一人に全滅される事は初めてのケースだった。そして不思議な事にこのオケラに関する情報は第六界の住民リストに載っていなかった。ルシアは何か胸騒ぎを感じ、机の隅に置いてあった現在ではわずか数名しかいない第八界の住民リストを開いてみた。現在第八界に関しては天界は手を引いており世界の”形”を保つ事だけに専念している。第八界についての内情を知る天使はごく数名なのだがかつて短い期間中ルシアが代理で担当していた。これはその時処分せずにこっそり残していたものだった。

(べ、別にヒラオカ様の顔写真を見てニヤニヤしたくて残していた訳では・・・ないんですからねこれは。)自分に精一杯の言い訳をしていると久しく触っていなかったせいか今はこんなにファイルが薄くなったのかとルシアは驚いた。そして中の顔写真を見ているとその中の一人に自分が探していた人物とよく似ている顔写真が挟まっていた。

「・・・まさか・・。」

第六界で撮られた男の記録写真と見比べてみようと脇に置いてあった資料に手を伸ばそうとした所で白い紙コップ製の糸電話が空から部屋の天井を通り抜けルシアの頭の近くまで降りてきた。ルシアは紙コップに顔を近づけて小さく咳払いをした。

「はい、どちらからですか?」

「下界第八界のヒラオカ様からです。黒電話による特別天界回線をご使用になっていますです。」

「・・・つないで下さい。」

保留の音楽が紙コップから小さく聞こえている間にルシアは一度体勢を崩した後、すぐにまた姿勢を正した。

「もしもし。」

聞き覚えのある声にルシアは少し安心したがそれと同時に胸の奥からじわじわ怒りも込み上げてきた。

「なんで直接電話してきたんですかっ。たださえ私、今シン様に釘を刺されたばかりでっ・・。」

決して大きな声を出さずに、それでも語気を強めてルシアは話した。

「あーすまんすまん。それより天使おまえらにとって嬉しい報せだ。」

「・・・何でしょうか。」

ルシアは平静を装っていたが内心嫌な予感がしていた。

「魔王のマルバが殺されていた。一年程前にだ。」

「・・・そうでしたか。」

ルシアはこれで今回の件の合点がいった。第六界の人間の中でも強者が集う勇者達を圧倒出来る人間がいるとすればナミカミが創造した八つの世界の内、第六界より下層に位置する第七界で意欲的に勇者活動している勇者クラブ『オヤG7』に属する『ビッグスリー』と呼ばれる三人の役員か地獄に最も近い世界と呼ばれる最下層第八界の住人ぐらいとされている。第八界の誰かが魔王を倒したのならナミカミの『神隠し』を利用して第六界に世界間移動をしたのだとルシアは考えた。

「第八界では確か一般人、勇者関係なく誰が魔王を倒してもナミカミ様が願いを叶えるルールになってましたよね。」

「そうなのか?随分前にそれも勇者制度も廃止になったって知り合いの魔王や死神連中が言ってたぞ。」

「それは表面上の話です。貴方もあの方の気まぐれに何度も振り回されたことがあるから分かるでしょう。」

ヒラオカは電話の向こうで何か考えているのか暫く黙っていた。ルシアの書斎からは物音一つ聞こえない。お互いの声だけが嫌に良く聞こえる。

「それで、魔王マルバを倒した人物に心当たりはあるんですか?」

「さてな。確かに第八界ここに住んでる奴は10人もいないが何分俺がこんなんだから会った事のないやつもいる。」

「たぶんヒラオカ様も良く知っています。」

「なんだよ分かってたのかよ。・・・で、誰なんだ。」

「カゲロウ・・・今私の管轄の世界ではオケラと名乗っているみたいですけど。」

「『死霊しりょう』か。・・・また面倒なやつが絡んできたな。だが今回のおまえが調べている事件の原因があいつなら・・・まあ、分かる気がする。」

「なぜですか?」

ルシアは興味深く糸電話に耳を近づける。猫の手で器用に紙コップを自分の耳に近づける。

「渇望だよ。あいつは何かを強く渇望していた。だからおそらくそれを別の世界に求めたんだろうな。」

ヒラオカはまた電話の向こうで押し黙り間を空けた後話を続けた。

「ルシア、あんたのその大天使の権限で今回の仕事からウチのアホ弟子三人を退かせられないか。」

「・・・それはまたどうしてですか?」

「引退前にやらせる仕事じゃないだろう。」

ヒラオカの予想外の発言にルシアは内心驚いた。

「意外、ですね。あなたが他人の心配なんて。」

ルシアは少し皮肉を込めたつもりだったがヒラオカは特に気にせず平然とした声だった。

「出来の悪い弟子を持つと師匠はいつまでも心配なんだ。」

「・・・了承できません。これはナミカミ様の決定事項ですから。たとえ第八界魔王討伐の功労者のあなたの言葉でも。」

「・・・そうかよ。だがこれは前にも言ったと思うがあいつらを散々使い倒した挙句死なせるような事があればあいつらに代わって・・・俺がナミカミを殺す。」

最後の一言には明確な殺意が込められており、ヒラオカの本気が伺えた。恐ろしいのは”神殺し”という所業をこの男ならやりかねないという事だ。ルシアはこの男と何度か組んだ事がありそれをよく分かっていた。

「・・・そうならない事を願います。」

その後一言も交わすことなく通信が切れた。ルシアは緊張が切れてしまい人型の姿になり机に突っ伏した。かけていた眼鏡が机に当たってしまうので一回顔を上げて眼鏡を外した後溜息をしながら改めて机に突っ伏した。

「はぁぁぁぁ、・・・もぅ・・・最悪・・・。」



下界 第六界

 「報告っ!!現在江道院本堂前にて魔王軍と思しき男と勇者シュウが交戦中っ!ナガタ隊長とその部隊が現場に向かっていますっ!」

王宮前の広場の異様な雰囲気にのまれる事無く総隊長であるイワタの所に勢いよくナガタの部下が報告に来た。

「被害と敵の人相は。」

「はっ。けが人は出ていませんが召喚の儀を見に来ていた見物人の内数人が精神が不安定になっています。人相は銀縁の眼鏡にくせ毛の強い優男です。手には不気味な生き物のような黒い剣を携帯していました。」

それを聞いてアライは嫌な予感が腹の底から這いあがってくるのを感じた。あの男だ・・・。殺し殺されかけたあの男。首筋と背中に嫌な汗が出ているのを感じていた。イワタやスダ王にあのように言われた手前、ちょっと頑張ってみようかとも思ったがその気持ちはたった今吹き飛んでしまった。逃げるべきだ。今この場はとにかく全力で逃げるべきだとアライは思った。だが後ろ髪を引かれる思いはあった。自分の都合で勝手に召喚してしまったマキ達の事だ。今更天界に帰ってくれとも言えず、恐る恐るマキの様子を見てみると何やら真剣な顔つきで離れた場所で立っているナツメの後ろ姿を見ていた。まさか別の勇者だから今の内にライバル減らしておくか、とか考えてるんじゃないだろうかとアライは戦々恐々としているとマキは真剣な様子を崩すことなく腕を組んで口を開いた。

「・・・良いお尻していますね。」

「・・・うん・・・・・・うん?・・・シリ?」

マキに言われてアライも並んでナツメのお尻を眺めてみた。膝近くまで伸びた羽織ではっきりとは見えないが言われてみればわずかにお尻のラインらしきものが浮かんで見えなくはなかった。アライはナツメの見えるか見えないかよく分からないお尻を真剣な目つきで見ていたマキを男として、素直に感心した。そしてアライもマキと同じように腕を組み真剣な顔つきになり同じようにナツメのお尻を眺めた。

「ああ、確かになぁ・・・。」

「あれだけ良いお尻だと、出だしの初速が速そうですね。」

「・・・しょ、初速っ!?」

え、何の!?とアライは思った。だが言われてみれば身体は小柄だがあの腰付きなら夜の布団の上はさぞかし楽しそうだなと純粋に思った。マキはその後「だからこその槍なのでしょうね。」と言っていたが完全に聞き逃していた。

「な、なるほどな・・・フッ、楽しそうじゃないか。」

アライはとにかく話を合わせようと意味ありげな笑みを浮かべた。するとマキはまたアライの両手を嬉しそうな顔で握ってきた。そしてまた同様に讃美歌と天使の羽が天から二人の上に舞い落ちてきた。

「勇者様・・・。私は感服しました!やはりあなたこそ真の勇者!」

「いちいち手を握らないと思いを伝えられんのかお前は!あともうこの演出やめろっ!」

「分かりました、以後気を付けます。」

マキはそう言うとすぐに表情を切り替え何事もなかったかのように無表情になりアライの手を離した。

「いや、ちがうそうじゃなかった。・・・あの、一応聞いておきたいんだが今もし俺がこの試練を辞退したいなんて言ったらどうするんだ?」

マキは何事もないかのように平然と答える。

「あなたがどの選択をしても少なくともこの戦いが終わるまでは危険な身である事には変わりありません。試練から辞退するのでしたらすぐにでもここから移動したほうがいいですね。しかし私達にも魔王を倒す使命がありますので、誰か一名をアライ様のガードに置いた後残りで魔王を倒しに行く事になるでしょうか。」

「・・・そうか。分かった、ありがとう。」

神の使いは憑代の対象になる勇者が死んでしまうと実体化出来なくなる。使命を果たせなくなるから仕方なくなのかもしれないがマキから何か優しさのようなものをアライは感じていた。そしてマキが説明し終わった後に若干はにかんだ笑みがこぼれていたのをアライは見逃さなかった。

(くそっ、ちくしょうっ!ファック!普通だ、普通にいい天使だっ!かわいいっ!)

純粋に自分に与えられた仕事を従順にこなそうという意気込みのようなものがアライに伝わってきていた。魔王は怖くはあるが目の前の美しい天使に格好悪い姿は見せられないと思った。思ってしまった。

「・・・勇者様?」

向かい合ったままピクリとも動こうとしないアライを見かねてマキは心配そうに声を掛けた。

「・・・死んだのか?」

動かないアライを見かねてハヤシはからかうように声を掛ける。

「うるさいですよハヤシさん。」

「ウィッス。」

途端アライは目を閉じ大きく深呼吸し始めた。そして頭に里の風景や匂い、人間達の様子を思い浮かばせる。先ほどまであった悪寒が少し和らいだような気がした。

「・・・よし。」

するとアライは駆け足で白銀の竜を見ているナツメに近づいていき「ナツメちゃんっ!いやナツメさんっ!」と声を掛けた。ナツメは後ろから突然アライに声を掛けられ驚いている。そして畳み掛けるようにアライは話しかける。

「魔王を倒したい。力を、貨して欲しい。」
















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今家に帰ります トモジ @Tomoji92

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