第四章
虹翡翠がよく見られるという山は街に出て、列車で二時間、そこから乗り合いバスに揺られた終点が山のふもと。そして、目撃情報の多いポイントまで猟銃一式と野宿のための道具を背負って三時間ほど歩く。長い道のりだが、体力と経験には自信があった。
携帯食糧と川の水で急いで食事を済ませると、荷物は木の根元に隠した。夕暮れまでまだ時間はある。今から野宿の支度をしても、空から見れば「ここは危険」と知られるだけだ。ひとまず高い草むらに身をかがめ、大空を仰ぐ。
ここまで、猟のために遠出をしたのは初めてだった。今までにも、めずらしい鳥を探すために野宿を行いながら長期戦で粘ったことはあるが、この山に来たのは初めてだ。父親は家の近所の裏山で、必要な食料の為の猟しかしなかったから、泊りがけが必要なことは無かった。野宿を張ってまでして猟を行うのは自分の代からなので、アウトドアやサバイバルの知識も独学で学んだ。
(空が、高いなあ)
そんなことを思うのも、初めてではない。しかし、この山の青空は本当に、抜けるように美しくどこまでも青かった。イズムはそっと草の中に仰向けに横たわった。
そろりそろり、大きく両腕を広げる。秋晴れの空に、落ちていくような錯覚に、一瞬陥る。大地と空が逆転する。
そう思った瞬間、赤い光がシュッと空高く走った。残光は細く鋭い緑色で弧を描いた。
あ!
こんなに簡単に発見できる場所に…あれが虹翡翠?
しかし、凄いスピードだった。あれは、確かに今まで見た中でも難しい標的の部類に入る。
耳元で、背負った銃のチャリッと冷たい音がした。そうだ。俺は空に同化して生きる者ではない、地面から、空に生きるものを狙う者。
イズムは座り込み、一番弾の小さくスピードや照準を正確に合わせやすい銃を手に取り、次のチャンスを待った。
虹翡翠は、その日のうちにも、何度もイズムの視界を掠めた。物凄いスピードで。チカリ、と青や黄色や紫の光を残しながら。
イズムは数回、構えた銃の引き金に手をかけたが、すぐに、撃ち落とすのは困難だと判断し、しばらく虹翡翠の行動を観察することにした。
やがて、イズムは何となく、思った。
(俺の方も観察されている?)
今までの猟では、自分が、隠れる、というよりも、自然の中に溶け込み、相手を油断させれば、相手は自分のペースで行動を始め、必ず隙が出来る。そこを狙えば、一発だった。
しかし、何となく、今回は直感した。「観察」されている、と。虹翡翠は高い知性の持ち主で、捕獲が難しいとは聞いていたが、もしかしたら、それは人間並みの物なのではないだろうか?
そう思った瞬間、イズムの目の前五十センチの距離を、バサバサと音を立て、真珠色の羽根が通り過ぎた。
イズムはあっけにとられた。(からかわれている…?)
イズムは仕方なく、周りをちょろちょろ走っていたイタチを一匹だけ撃って、夕食の準備にかかった。生きる為に他の命を奪うのは、気持ちのいいものでは決してないが、もう慣れてしまった。
(だけど、なぜ鳥だけは?)
獲物をさばいて得た肉と血液で空腹を満たしながら、改めてイズムは考える。
寝袋に入り、満天の星空に包まれて眠れば、青空に落ちる夢を見る。風をシャツにはらませて、どこまでも果ての無い空への、永遠の下降。冷や汗をぐっしょりかいて、目覚めて思った。昼間見た、あの青空のせいだ。
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