すぐに決心するのは難しそうです
「お兄ちゃん、何日もどこに行ってたの?!」
帰宅するなり啓斗は、妹の叱責を受ける羽目になった。
確かに何も言わず何日もいなくなったのは悪かったと思う。しかし、予定を超過したのは彼のせいではない。
しかし、言い訳をすればするほど舌鋒が鋭くなるのは、過去の経験から嫌というほど学んでいる。こういう時の対処法は一つだ。
部屋に籠る。
「オレやらなきゃいけないことあるから! 話はまた後でな」
「ちょっと! まだ終わってないっ」
階段を駆け上り、部屋のドアを閉める。ついでにカギもかけておく。
部屋に入ったはずの兄がドアを開けたら消えているという怪現象を、妹に体験させないために大事なことである。
用というのは、他でもなかった。
もう一度異世界に――セント・ノーチラス号に、向かうのだ。
啓斗は、空のギターケースを背負って、床に座り込んだ。ギターケースは、向こうでギターを持ち歩くために必要だ。前回大変だった。持ち歩きにくい。
椅子じゃなく床に座ったのは事故防止だ。強制空気椅子が危険なのは身に染みた。
記憶のままのフレーズを奏でる。
移転は一瞬もかからない。
啓斗は、彼に割り当てられた暗闇の部屋に転移していた。
誰もいないのだから、部屋は空っぽで、暗闇のはずである。なのに、なぜかそうではなかった。
「どこから現れましたか、ヒーロ」
「いやまて、なんでモグサがここにいる」
「いけませんか」
「他人の部屋に勝手に入るなって習わなかったか?!」
「いいえ」
カギが破壊されたままの啓斗の個室には、なぜかモグサが一匹転がっていた。ついでに肉の山もある。臭う。
「これはなんだ?!」
「おなかがすいてるだろうと思って。親切です」
「迷惑だ!」
「失礼な」
だめだ、常識が違う。この女に何を言っても言い負かせる気はしなかった。
啓斗は頭を抱える。
くだらない言い争いをするために、異世界に戻ってきたわけじゃないはずなのに。
「ヒーロの仕事が決まりました」
「人の話を聞け。て、え? なんだって?」
「食堂で鈍器を弾く役目です。私とセラもそこで働くことになりました」
「だから鈍器じゃねえって」
ツッコミだけは入れておいたものの、かなりの衝撃だった。
本人不在で意思確認もなしに就職口が決められていた。人権どこいった。もしかしてないのか?
やっぱりここに骨を埋める決意をするには、尚早だ。
啓斗は、確信を持った。
「まあ、弾いてやってもいいけどさ」
それでも、あの快感を忘れることもできない。
所詮は暇な大学生。
少しくらい別の世界で遊んだって構いはしないだろう。
こうして、啓斗の二重生活がスタートした。
END
最果ての海 MAY @meiya_0433
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