第9話 「17:38」
「あの時は君に絵を見せるのか……。
ってすごく緊張したなぁ……」
そうだったんだ。こんな僕に。
「君が賞とか貰ってるところ、たくさん見てきたからさ。物凄く上手いの知ってたし……」
そんなことない。
僕の最後の作品は白紙だった。
「案の定上手くて、比べて私は物凄く下手くそだったのに、褒めてくれたよね。すごく嬉しかった」
そりゃあそうだ。
僕に比べて、君のあの時の絵はそれはもうひどい顔してるんだ。
でも、あれは紛れもなく僕だった。
だから褒めたんだっけ。
「あれはお世辞だったけどね」
「こらこら。それは凹むなあ」
何故かそんな会話が楽しかった。
僕にとって苦痛でしかなかった空間が、今じゃ楽園で。
笑い話になっているのが、どうしようもないくらい不思議だった。
「もうなくなっちゃうんだよね」
「うん」
静まり返る部屋に乾いて響く
「暑い」
同調の言葉を重ねようとした。けれど、僕が声にしたのは、全く違う言葉だった。
「話、あるんだけどさ」
「話って何?」
暑さに頭がやられたのだと思った。
ただ君に惹かれていた。熱の篭った美術室に流れ込む、しおりとした風に。
時折、カーテンに隠れる君に。
ツツジになった君に恋をした。
「あのさ、」栓を開ける。
炭酸は抜けきっていた。
夕空に空白はなかった。
ツツジとビーネ 遠名しとう @too14
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