第6話 日帰りクエスト

 時間は深夜だ。奈々子がいた異世界と、同じ時間の進行らしい。そうとわかれば、わかりやすくていい。

 奈々子はドニアがどうして隠れなければならないほど怒られたのかわからなかったが、カウンターの上を整理して、この日は帰宅した。

 問題が発覚したのは翌日である。


 奈々子は早朝から事務室に呼ばれた。

 図書館の司書が読書に夢中で、何を聞いても返事をしないという苦情が市民から寄せられていたのだ。

 しかも、本の並びが出鱈目で、周りの職員たちに注意されると、涙目になって逃げ出したという。


「……本当は、君じゃなかったんじゃないかって、言い出す職員まで出る始末だった」

「……鋭いですね」

「何?」


「いえ……すいませんでした。これから気をつけます」

「ああ。頼むよ。それから……お見合いの日程だが……」

「はっ?」


 奈々子は、驚いて、頭部が禿げてキラリと光る中年上司の顔を見つめた。図書館の専属職員というわけではなく、市役所に雇われた事務系公務員である。


「昨日、了解しただろう? 今まで何度勧めてもうんと言わなかったのに、急にいい返事をくれたから驚いたが……まさか、忘れていないよな?」

「お、お、お……覚えていますよ。でも……ほらっ……まだ、断れる相手なんですよね?」


「この間図書館に多くの蔵書を寄付してくれたご家族の末っ子だ。いい話だよ……」

「そ、そうです……か……」


 上司が机に乗っていたファイルの写真を見せた。

 少なくとも、写真では奈々子のタイプではなかった。


「あ……会う……だけ……で、いいですか?」


「どうしてそんなに取り乱す? まあ、会うのを断ってもらうのは困るが、その後は自分で判断しなさい。しかし、あまり先方に失礼がないように」

「……はい」


 奈々子は、手足がピンと張ったまま、人形のように事務室を移動した。

 図書館の開館が迫り、シフト通りにカウンターに入る。

 すぐに、背後の扉が開いた。


「……奈々子、いる?」


 この声はドニアだ。奈々子は、ぎろりと扉の隙間を睨んだ。


「ドニア、あんたこっちで一体……」

「奈々子、酷いよ。僕、伯爵に結婚を申し込まれちゃったじゃない」


「えっ? それ……何が困るの?」

「僕……図書館で本を読んだら駄目なの?」


 しばらく、二人の視線が交錯した。


「……なんだか、ごめんね。よくわからないけど」

「……うん。僕も、心当たりがないけど、ごめんなさい」

「とりあえず、状況を確認しましょうよ」

「……うん。どうやって?」

「直接、何が問題か見てみるわ」

「うん」


 ドニアが綺麗な顔をにゅっと伸ばす。奈々子も同じように首を伸ばし、二人の唇が、少しだけ触れ合う。

 奈々子はわかっていた。奈々子の世界にドニアを招いても、混乱が広がるばかりで何も解決はしない。


 だが、あえて入れ替わった。困っているドニアを助けてあげたかったからだ。

 その先のことまでは、考えていなかった。

 この日から、奈々子の異世界を日帰りで往復する生活が始まった。


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魔王の司書B面 西玉 @wzdnisi2016

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