私と貴方の証明

猫屋敷 鈴

第1話

茜さす図書館の隅で少年が本を読んでいた。


『心優しい神様のおかげで人は死ななくなった。』

『正確には”死”はあるが、”死”が訪れると同時に人は種になり、その種から生まれ直す。』


少年はそう呟くと眉を顰め、首を傾げた。

少年の中では濃霧の中にいるような気持ちだった。


──僕は、どうして覚えていないのだろう──


本を読んでみても思い出せない。この世界で僕がどのように生きていたのか。


本来、この世界の人間は生まれた時から前の記憶を持っているものらしい。でも僕は何も覚えていなかった。医者曰く、ごくたまにある事らしい。前の記憶は徐々に思い出すそうだ。


いい加減頭が痛くなってきた。

どの本もどの人も同じような事しか言わない。『この世界は幸せな世界』だと。


もう家に帰ろう。家で一度整理をしよう。


──あぁ、苦しい、何も分からない──


今日の晩御飯は前の僕が好きだった物のシチューだった。


とても美味しかった。シチューを食べた時ふわりと暖かな思いが広がった。何なのだろう、この気持ちは。


晩御飯の後には家族から前の僕について

聞かせて貰うことになっている。


今日は母みたいだ。


「晩御飯の前にも言ったけど、前の貴方はシチューが大好きだったのよ。」


僕は他に好きな物とか無いのかと聞いてみた。


「犬とかかしら。花とかも好きだったわ。」

「そういえば、写真を撮る事を好きだったわね。」

そう言いながら、母はアルバムを出してきた。

「はい。貴方が撮った写真。」


その写真には風景や家族が写っていた。どの写真も綺麗で家族の写真は笑顔で溢れ幸せそうだった。


『他に何か聞きたいことはある?』


ふと一枚の写真に目が止まった。

その写真には風景でも無く、犬や猫でも無く、家族でも無い人が写っていた。知らない人の筈なのにとても懐かしくて、何故かどうしようもなく泣きなくなった。


母にこの写真の女性について聞いてみた。


「あぁ、彼女ね。彼女は貴方の恋人だった人よ。」

母はむかしを懐かしむようで、愛おしいものを見るような様子だった。


「彼女は、優しくて強い人だったのよ。」

「強いのは体だけじゃなくて、彼女は心も強かったわ。」


会いたい。よく分からないけれど写真の彼女に会いたくて会いたくて仕方が無い。

母は彼女の居場所を知っているのだろうか。


「彼女の居場所?知ってるけど、本当に会うの?」


僕は頷いた。

彼女に会うことが出来ればなにか思い出せる気がするのだ。


「くれぐれも彼女を傷つけないようにね。」

そういって母は彼女の住所の書かれたメモを渡してくれた。


明日にでも彼女に会いに行ってみよう。


──やっと見つけた──





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