第7話 異世界のリアル - 日常



 今週の「異世界のリアル」が新時代TV深夜枠で始まる。サブタイトルは「日常」。

 元地球人の転生者が出陣する前までの生活の動画だった。


 だが映されていたのは、人間型の……いや、外見を見れば人間と変わらないのだから人間と呼んでいいだろう……酷い有様の生活状況。


 クリーチャー達の襲撃から守る石造りの壁はところどころ崩れ、その壁に囲まれた集落も木造の廃屋のような建物が並んでいた。度重なる戦闘で家を建て直すこともままならないようだ。強風が来たなら更に壊れてしまうだろうことも容易に想像できる。


 暮らしている人々の格好はボロをまとっているようにしか見えず、このままなら冬を越せない人も出るであろうと思われる。屋台のような店も見えたが、木製の板の上に雑然と並べられた穀物や野菜は汚れているだけでなく欠けていたりして、まともな食材のようには見えない。栄養不足で、もしくはさほど重くない病でも命を落とす人が出ることだろう。


 画像に映る人々の表情には何かを恐れているような強ばった表情が多く、安心して生活できずにいるのがはっきりと判る。


 考えてみれば、この様子は当たり前かもしれない。地球で想像されてるファンタジーの世界のように過ごしていると考える方が間違っているのかもしれない。

 圧倒的な戦闘力を持ち知恵あるクリーチャー達と比して脆弱な人間が、田園風な生活を送れるはずなどない。


 実際に現地で録画していると、視覚と聴覚だけでなく嗅覚と肌感覚も加わる。酸っぱさのような建物の焼けた匂いやどこかにある腐敗物のむせるような匂い、口を手で覆いたくなるような……埃が混じった風などを現地で感じる。

 だからTVの視聴者以上の悲惨さをひびきあたるは感じてきた。


 転生した元地球人も、「この世界を何とかしなくては……」と責任感を感じたに違いない。女神か神かその他の何かは判らないけれど、その役に扮した”箱庭”のアドにそそのかされて、チートな能力を手に入れてこの世界を救おうと考えたに違いないのだ。


 そこに地球での生活への不満があったにしても、自身が出会うだろう冒険へのわくわくする憧れがあったとしても、この世界の現状を見ては自身の責任を感じ、お遊び気分での新生活など望めないと理解しただろう。


 彼はきっと頑張ったに違いない。

 生き物を殺すという体験に何度も嫌悪感を感じても、そこから逃げずに強くあらねばと気持ちを奮い立たせてきただろう。


 そして敵のクリーチャーをまとめているボスを倒し、この世界はこれからだというところで、”箱庭”のアドがスキルを使用して彼らを世界の最弱に突き落とす。彼らを敵視しているクリーチャー達から付け狙われる日々がもうじきやってくる。この世界は、人間が辛い生活を送るしかない状態へ戻されるのだ。


 そのことを知っているひびき達は、TVで流れている異世界の日常が今後良くなることはないのだ判っているから、転生者によって一度は抱いた希望は叶わないのだと知っているから、一般の視聴者よりも辛く空しい気持ちになる。


 「やはり何とかできないものかなぁ……」


 画面に顔を向けているあたるのつぶやきがひびきの胸に突き刺さる。

 来週は、転生者が敵の拠点を攻める場面になるはずだ。そして再来週は敵の城への進軍、その次は敵ボスを倒す場面が放送される。視聴者はわくわくして観るはずだ。元地球人の転生者が異世界で活躍する小説やアニメなどを実写で観ている気持ちになるだろう。


 『その先に待つ辛い現実を観てどう思うだろうか?

 異世界転生なんかするもんじゃないと思ってくれるだろうか?

 異世界に夢を見る一人でも多くの方に理解して貰いたい。


 夢を見るのはいい。

 でもこの世界で見られる夢にして欲しい。 


 あと、転生者が最弱になった後、あの世界の人間はどうなるのだろう?

 知らなければ気にならないことなのに、知ってしまった今後どうすればいいのだろう』 


 ソファでTVを観てるあたるの様子を視界の端に入れながら、ひびきもまた何とかできないものかと考えていた。

 ひびきのスマホが震え、メールの着信を知らせてきた。送信者は高橋純。


 『サンプルの解析終了。異世界の存在を想定しうる結果でした。明日にでも会見を開きたい。連絡を願う』


 翌日、世界がついに揺れることになる。

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