第5話 撮影

 『ヘッドの総意以外で、アドの支配下の将来に変化を及ぼすような手段を用いてはならない』


 銀河”箱庭”でやってはいけないことがある。それはヘッドが守るべきこととイコール。ヘッドの一員であるドルとマズを身体に同化させてるひびきあたるも、ヘッドと全く一緒とは言わないけれど注意しなくてはならない。基本的には自らのルールとして守らねばならない。


 このことはひびき達の気持ちを複雑にする。

 状況を撮影するだけしかできないという事実は、ドル達の力を用いて元地球人の転生者を助けることはできないということ。多少はできることはあるかもしれない。でも転生者を別の銀河……例えば地球へ移動させられない。


 可能な助力をしてあげられないのは精神に負担がかかる。

 その上、現在、世界の平定しつつある元地球人の転生者が、この先どうなるかを知っていればなおさら複雑な気持ちになる。元地球人でも今はこの世界の住人だから、おいそれとは助力できない。

 

 ひびきあたるの目の前で行われている戦闘も、ひびき達が助力すれば楽に終えられるのだろう。だが、転生者とその仲間達だけでも勝利しそうなことと、ひびき達にいかに特殊な能力があろうと戦闘の素人だから下手に手を出しては状況を悪くするかもしれないこと、そもそも手出ししてはいけないのだから動けない。


 銀河には数千万以上の星があり、その一つの星で元地球人が異能を発揮して戦っている。剣を振るい、魔法を放ち、敵の攻撃を受け流し、そして耐えつつダメージを与えている。


 カメラを手にその様子をファインダー越しに観ているあたるは、地球では目にすることのない状況に冷や汗をかいている。異形のクリーチャーに人が襲われ、傷つき血を流している様子は恐ろしくそして痛ましい。

 口が渇き、カメラ握る手に力が入る。

 切っ先鋭い剣が、クリーチャーの肉にかすり、グサッと刺さり、ザッと切られるたびに血が噴く。魔法で焼かれた肉の匂いが鼻をつく。うめき声や怒声をあげて、牙をむきだし腕を振り回すクリーチャーの猛々しい空気が、あたるの肌に恐怖の鳥肌をたてる。


 「元地球人だからというわけじゃないが、人が傷つく様子を黙って見ているのはきついな……」


 ヘッドの力であたる自身は安全だ。不可視で気づかれない上に、万が一攻撃されようとも怪我することなく防ぐだろう。そのことは地球上でのひびきとの訓練で理解している。ヘッドの持つ超能力のような力で大石を、無防備な状態のあたるに勢いよくぶつけられても衝撃も感じず、怪我はもちろん痛みも感じなかった。

 そうであっても、猛り狂うクリーチャーが近づくと身が強ばるし、手は汗ばむ。目の前で戦う人の誰かが傷ついても同じだ。


 そうこうしているうちに、敵の親玉らしきクリーチャーは倒され、元地球人とその仲間が声を上げて勝利を喜んでいる。


 「姉さん、どうする? ドルが言ってたように、インタビューする? 」


 あたるから少し離れた場所で、同じようにハンディカムを手にして、戦いの終了を映しているひびきに声をかけた。ひびきも額から汗をかいている。気丈なひびきも、あたると同じく、生々しく痛ましい目の前の情景に疲労とやりきれなさを感じているのだろう。


 「そうしたほうが良いのかもしれないけれど、私達が気安く話して良いとは思わないわ。ここは命をかけた者達だけが言葉を交わせるところ。私達にはその資格はないわね。ドルとマズもそれでいいわね? 」


 ――君達の決断に従おう。

 

 ドルがそう答え、マズも同意している考えを伝えてきた。ひびき達とドルの声は彼ら以外の、勝利にわく周囲の人々には聞こえないらしい。誰も響達の方を気にもかけない。


 「じゃ、予定通り、地球に存在しない植物と鉱物を採取して戻ればいいわね? 」

 「ああ、そうしよう、姉さん。血なまぐさいこの場は今の俺にはきついよ」


 勝利に沸く人々を残し、戦場だった城からひびき達の姿は消える。

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