第5話

 確かに手ごたえがあった。音がした方へ歩み寄る。何かが居る。人ではない何かだ。


「貴様は……何者だ?」


 蠢く何かは息苦しそうにしながら私を見た。二つの目が光っている。


「わ、わたしは……」


 その時わかった。この者は我らを蝕む者の一つだ。こいつらが我らを攻撃し、苦しめている。この領域には近づけないと高を括っていたが、そうではなかったようだ。そうとわかれば始末しなければならない。剣を振りかぶり、足を地面に押し付け、腕に力を込める。すると、


「待て!」


 と、その者が言った。


 待てだと? 待つはずが無いだろう。だが、考えてみればこの者達が我らの言葉を理解するとは思っていなかった。言葉がわかれば、この者達の情勢を聞き出すことが出来るのではないか? 尋問するべきか? だが、私の力で拘束できるものだろうか? これも罠ではないのか?


「私は、お前の敵ではない。今は……」

「何を言っている?」


「私は、お前の、お前たちの力の一部を貰っている。それで、使役から解放された仲間が大勢いるのだ。私は、新たなその一部なのだ。噂を聞いてやってきた。ここは争いが無い。潜みながらお前の力を貰い、そのまま去るつもりだった。しっかりと対価を払うためにだ」

「対価を払う……? 何のことだ?」


「少し思い出してくれ。お前の国に闇の眷属が攻撃を仕掛けているだろう。我らは確かにその勢力の一員だった。お前たちの国に攻撃を仕掛け、悪逆非道の限りを尽くした。だが、お前があの『ビターシュガー』を作ってから……正確には作り始めてからだが、我らの一部が『赤い領域』の周辺に拠点を移したはずだ。聞いていないか?」

「それは……気付いていた。だが、それは私の企みをお前たちが挫くためではないのか? 私達の『ビターシュガー』が目障りだから、お前たちがそれを潰そうとしているのだろう?」


「違う。我らはお前が放つ力によって『闇の眷属』の使役から解放されることが出来るのだ。気付くのに時間はかかったが、我らは好き好んで攻撃をしていたのではないのだ。そうすることしか知らず、それしか許されなかったのだ。お前と、あの『タンブリンマン』によって気づかされ、ついには解放される道も見いだせた。我らはそのためにこの付近に陣取り、お前から放たれる力を受け取っているのだ」

「……仮に、その話が本当だとしよう。では、お前たちが払う対価とは何だ?」


「お前の道を塞がないこと。邪魔をしようとする者が居れば、気付かれぬようにお前を助ける。ほんのわずかにだが……」

「邪魔をしない? 助ける? ふざけるな! お前たちがやって来たことがそれで許されると思うのか!?」


「思っていない。だが、出来るのはこれくらいだ。そしてこれは、我らが払える最大限の敬意なのだ」

「何だと?」


「お前の事だ。仮に何者かがお前を手厚く助け、『闇の眷属』を裏切り、その勢力に打撃を与えることを助けたとしよう。するとお前はその者を手厚くもてなさなければならないと感じるのではないか? そして、その者がさらなる裏切りを企んでいないか勘ぐるのではないか? その裏の裏の裏を読み続ける日々になるのではないか? それに付随してさらなる負担が生じるのではないか?」

「そ、それは……そんなことをお前なんぞに心配されるいわれはない!?」


「まあ、そういうこだろうな。だが、お前と『ビターシュガー』。そして『タンブリンマン』と過ごす日々。それを邪魔しないことが我らにとっての恩返しと言ったところなのだ。それに『闇の眷属』の勢力が減るわけだ。今従っている者もいずれは己の気付きや目覚め、自らの望みを見出すことだろう。その上でさらなる対立があるかもしれないが、少なくともお前の邪魔は減るだろう。これが、私がここに潜んでいた理由だ」

「本当なのか? まあ、会社の方はいい具合に成長しているが」


「我らの間ではお前はこう呼ばれている。


 小さな赤い家から太陽を纏ってくる女騎士


 とな。この手の言葉がお前の行く先で何らかの形や想いを持って現れることがあるのではないか? 今は無くても、この先に現れるかもしれない。その際は我らの想いが少しだけお前に届いたと思って欲しいのだ」


「信じがたいが……信じてみるか。今だけ」

「どういう意味だ?」

「お前は、今は私の捕虜も同然だな?」

「そうだが」

「では、『赤い領域』を出るまで並んで歩いてもらおう。たまには徒歩もいいだろう」

「何を……」

「お前に話してみる。あの男、タンブリンマンの話。そして、彼に映る何か。私に見えた何か。それが彼の助けに成ると信じたい。お前の話が本当なら、その話をすることで私が放つ力と一緒に波打つかもしれないだろう。風と共に飛んでいくかもしれない」

「ほう……」


 私は右手に馬、左手に異形の者を連れて歩き、頭に浮かんだものを言葉にしてみた。だが、上手くもい出せない。彼と一緒に居た時間がとても心地の良いものだったとしか。


 あれは、なんだっけ? 何かの劇の一幕を話してくれたようだが……えーと……



 ヘンリー6世の第1部なんだが、あの作品でのジャンヌ・ダルクの扱いが俺と世間とで少しずれているんだ。俺の考えでは、シェイクスピアはジャンヌ・ダルクという友を得られたんじゃないかと……


 そんな感じか。ジャンヌ・ダルクとは彼の世界で活躍した女の戦士らしい。どこでも似たような苦労をしているものがいるのだろうか? 比べられるのは失礼か?


 何にしてもお互いに幸せになれることを祈ろう。それだけやったら一日を生きるのみだな。


(終わり)

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小さな赤い家から太陽を纏ってくる女騎士 風祭繍 @rise_and_dive

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