竜民たちの物語
5 ある聖竜の手紙
これは、ぼくの、聖竜の、てがみです。
これを、よんでいる方が、だれかはしりませんが、ぼくの、しっている人だと、うれしいです。
ぼくは、あした、そらをとんで、てんのかみさまに、あいにいきます。
ぼくが、トクベツで、ほこりたかい、聖竜だからです。
なんて、すばらしいんでしょう。
ぼくのことを書きます。ぼくは、ロイデニーのむらにうまれました。
ぼくには、うまれたときから、せなかにでっぱりがありました。
ぼくがうまれたとき、せんれいにきたしさい様が、これは、ぼくがむかしの血をたくさんうけついでいるあかしだと、おっしゃいました。
ひょっとして、おおきくなったら、でっぱりがのびて、つばさになるかもしれないと、おっしゃいました。
それから、ぼくは、聖竜になりました。
聖竜になると、みんなが、おいわいしてくれます。
みんなが、おそなえものをくれます。
とおくから、えらいひとがあいにきます。
ぼくは、しさい様にそだてられることになりました。
おとうさんとおかあさんは、ぼくにあまりあえません。
だけど、しさい様に字をおしえてもらえます。
だから、こうして、てがみをかけるのです。
しさい様は、おっしゃいました。
きみには、てんのかみさまが、祝福をさずけたのですよ。だから、こうして、つばさのなごりをのこしたのですよ。
よく分からなかったけど、ぼくは、トクベツなのです。
ぼくは、うれしくなりました。
ぼくは、まいにち、白くてやわらかいころもをきます。
それから、きょうかいのそとに出て、いすにすわります。
それで、色んなひとにあいます。
みんな、ぼくにあいにきた、ひとたちです。
みんな、ぼくをみて、よろこびます。泣くひとも、います。
それから、おいのりをしていきます。
みんながうれしいので、ぼくも、うれしいと思います。
ぼくは、そんなとき、ぼくが聖竜なのを、ほこりにおもいます。
ぼくは、おそとでは、あまりあそべません。
聖竜をしないときは、ずっと、しさい様といます。
だけど、しさい様はおやさしいので、たまに、おそとに出してくれます。
そんなときは、とてもたのしいです。
ぼくは、マルケスとか、ケンプとかと、あそびます。
ほかにも、村のこどもで、みんなあつまってあそびます。
あつまるのは、村のまん中の、ひろばです。
ぼくがいくと、みんな、まずおいのりをして、ぼくにおじぎします。
ぼくが、聖竜だからです。トクベツ、だからです。
だけど、いつもひとりだけ、ぼくにおじぎをしない子がいます。
それが、ルティーナです。
ルティーナは、ももいろの、きれいなウロコをしていて、とてもかわいい子です。
だけど、ぼくのことは、あまり好きじゃありません。いっつも、ぼくを見つけると、こわいかおをします。
ぼくは、ルティーナに、話しかけます。
だけど、ルティーナは、いつもそっぽをむいてしまいます。
ある時ケンプにそれをみられて、ルティーナのおかあさんにつげ口されました。
ケンプは、ぼくたちよりすこしお兄さんだから、そういうことをしたんだとおもいます。
ルティーナは、きょうかいにつれていかれました。
しさい様は、ルティーナに、どうしてぼくとなかよくしないのか、ききました。
ルティーナは、いいました。
「だって、あの子はわたしたちとおんなじなのに、どうしてみんなでおじぎするの」
ぼくは、ルティーナを、なんてことをいう子なんだろうと、おもいました。
ルティーナは、ルティーナのおかあさんにおこられました。
だけど、つぎのひも、村のひろばにやってきました。
ぼくは、しさい様から、聖竜はいつも、おだやかであれと、おそわりました。
だから、なんにもなかったふうにしていたので、みんなも、なにもいいませんでした。
そのとしは、とっても、日でりがつよいとしでした。
川がひあがって、はたけでイモもとれなくなりました。
だけど村のみんなは、いつもとおんなじように、ぼくへおそなえものをしました。
こうすれば、いつか、かみさまが、おめぐみをくださると、村のみんなはいいます。
それで、おさらの上に、いっぱいの、たべものを、つんでいきます。
ぼくも、しさいさまも、とても、良いことをしましたねと、いいました。
あるひ、とおくからきたえらいひとが、ぼくに、たくさんのおそなえものを、もってきました。
しさい様は、ぼくがたべる分だけとって、のこりはやいてしまいした。
てんのかみさまへの、ささげものでした。
ほのおが、とってもきれいでした。
ぼくが、つぎのひに、ひろばへいくと、ルティーナが、みんなに、おこられていました。
ぼくは、みんなに、どうしたのと、ききました。
すると、ルティーナが、ぼくやかみさまのわる口をいうから、こらしめているんだと、いいました。
ぼくは、ルティーナに、なにをいったの、と、ききました。
すると、ルティーナは、ぼくのほっぺをぶちました。
「あんたのせいよ」
と、ルティーナは、いいました。
「おとうとが、おなかがすいて、しにそうなのも。おねえさんと、おとうさんが、とおくへいってしまうのも。ひとりだけ、おなかいっぱいの、あんたのせいよ」
と、ルティーナは、いいました。
みんなが、それはちがう、といいました。
マルケスが、ルティーナを、いしでぶとうと、いいました。
ぼくは、しさい様の、まねをしてみました。
「そんなことをしなくても、だいじょうぶだよ」
マルケスが、「でも、こいつは、はいきょうしゃだよ」と、いいました。
ぼくは、しさい様みたいに、おちついたこえで、いいました。
「ぼくが、てんのかみさまのところにいって、日でりを、やめてもらうよ」
みんな、いっしゅん、ぽかんとしました。
だけどすぐに、「どうやっていくの?」と、ルティーナがききました。
「もちろん、そらをとんでいくんだよ」
それが、できるのです。ぼくは、聖竜なんですから。
みんな、おおよろこびになりました。
ルティーナだけは、むずかしいかおで、ぼくを、見ていました。
きょうかいにかえって、ぼくは、しさい様に、このハナシをしました。
しさい様は、ちょっとだけ、ルティーナとおなじむずかしいかおに、なりました。
だけど、すぐに、いつものやさしいかおになって。
「それは、すばらしいことですね。かみも、およろこびになるでしょう」
と、おっしゃいました。
ぼくが、そらをとんで、かみさまにあいにいくハナシは、すぐにひろまりました。
みんな、おおよろこびになって、村はおまつりみたいになりました。
おとうさんと、おかあさんにも、ひさしぶりに、あえました。
ないて、よろこんでいました。
しさい様が、とおくのえらいひとに、ぼくのツバサをつくってくれるよう、おねがいしてくれました。
ぼくは、それがとどくまで、おきよめをして、そらをとぶれんしゅうをします。
とどいたら、ツバサをひろげ、アーベルンのがけから、はばたくのです。
きっとみんなは、いまより、もっとおおよろこびです。
てんのかみさまに、あうのが、とってもたのしみです。
きのうのことをかきます。
ぼくは、れんしゅうをおわって、おかのうえで、ゆうやけをみあげていました。
すると、ルティーナが、やってきました。
ルティーナは、いままでで、いちばんおっかないかおを、していました。
ぼくが「どうしたの?」と、ききました。
ルティーナは、いいました。
「ほんとうに、そらをとぶの」
ぼくは、こたえました。
「そうだよ」
「できるわけないわ」
ルティーナは、つめで、エプロンを、ぎゅっとにぎっていました。
「そんなことないよ、ぼくは、聖竜だもの」
ぼくは、むねをはりました。
ルティーナは、とても、かなしいかおを、していました。
「しんじているんだ、そんなの」
ぼくは、きこえなかったふりをしました。
「ぼくは、もうすぐ、あのがけから、かみさまにあいにいくんだ」
ルティーナは、だまっていました。
「てんのかみさまに、たのんで、みんなをたすけてもらうんだ」
ルティーナは、だまっていました。
「そうして、ぼくも、かみさまのひとりになるのさ」
ルティーナは、だまっていました。
ぼくは、わらっていました。
「うそだよ」
ルティーナは、ぼくが、なんといったのか、わからなかったみたいでした。
ぼくは、あわてて、くちをふさぎました。
つい、くちから、いってはいけないことばが、こぼれていました。
ルティーナが、おつきさまみたいに、まん丸な目で、ぼくをみていました。
ぼくは、ルティーナに、きかれなかったか、どきどきしました。
うそだよ。
うそだよ、ぜんぶ、うそなんだよ。
しさい様だって、しっているんだよ。
そう、おおきなこえで、いえたら、どんなにらくに、なるでしょう。
せなかのでっぱりは、ただのコブなんだよ。
ねがえりをうつと、いたいんだよ。
みんなにおじぎなんか、してもらいたくないんだよ。
そらなんか、とべるわけないんだよ。
ほんとうは、いますぐに、にげだしたいんだよ。
でも、だめです。にげては、だめです。
にげても、またどこかで、聖竜にされてしまいます。
そうしたらまた、おそなえものをされます。
ききんで、うえで、しんじゃうひとまでいるときでも。
どうせこのたべものを、やいてしまうと、わかっていても。
みんな、よろこんで、ぼくにたべものをささげます。
そんなのは、もう、たくさんです。
だからぼくは、あの、たかいたかい、がけから、はばたくのです。
そうすれば、みんな、たべものをむだに、しないですむんですから。
くちをふさいだぼくを、ルティーナがみていました。
ルティーナには、このことを、しられてはなりません。
ルティーナは、やさしいです。
ルティーナは、じぶんのかぞくのために、ぼくを、おこりました。
じぶんも、おなかがペコペコで、たおれそうなかおいろを、しているのに。
きっと、ぼくのほんとうのきもちをきいたら、ルティーナは、くるしみます。
いっしょう、くるしむかも、しれません。
そしたら、ぼくまで、くるしいです。
だから、ぼくは、くちをふさいだまま、たちあがりました。
それから、きょうかいへ、はしりました。
うしろから、ルティーナのこえがきこえました。
ふりむけませんでした。
きょう、みやこから、ぼくのツバサが、とどきました。
しさい様は、きょうも、ないています。
あした、ぼくは、てんのかみさまに、あいにいきます。
てんのかみさまにあったら、いいたいことが、たくさんあるので、たのしみです。
おとうさん、おかあさん、二人には、あやまりたいです。
それから、しさい様にありがとうを、いいたいです。
このてがみは、しさい様におねがいして、ぼくのツバサといっしょにうめてもらいます。
だから、このてがみをおとうさんとおかあさんによんでもらえるか、それだけが、しんぱいです。
さいごに、ルティーナ、ぼくは、ルティーナが、大好きです。
かみさまなんかより、ずっと、ずっとだいすきです。
ルティーナの、しあわせを、いのっています。
ついしん。
しさい様、ぼくのおはかに、おそなえものはさせないでください。
※
手紙はここで終わっている。
ロイデニア石版が出土した畑からは、古い礼拝堂の遺跡が発掘されており、双角竜の子供の亡骸もあわせて発見されている。
その亡骸は肩甲骨が変形しており、桃色の美しい鱗と共に、丁重に埋葬されていた。
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