4 現代 飛行機の復権と平和の●●●●●●

 帝国艦船が大戦を経ることで劇的な変化を遂げたのは前述した通りである。既にその姿は開戦時のそれとは一線を画したものとなった。最も大きな変化と言えば、艦体構造の剛性化により上甲板へ構造物が建設出来るようになったことであろう。気嚢を二重に装甲板で覆い艦体強度を上げる二重外殻構造によって、空中艦の防御力は飛躍的に向上した。軽量合金の開発と造船技術の躍進がこれを可能にしたのだ。それに伴い、これまでは艦底に接合するか吊り下げるしか無かった兵装や居住区といった重量物でも、場所を選ばず積載するだけの強度を得たのである。

 水上艦と見紛うばかりに屹立する鋼の艦橋と、陸上では運用することすら難しいほど大口径の砲塔を搭載した空中艦の威容は、空の要塞と呼ぶに相応しい。その集大成と敵味方問わず評されるのが、空中戦艦ゼ級である。

 ゼ級は現在クルドハル帝国において最も強大な戦艦である。その全長は●●●で、総トン数は●●●。これに勝る大きさの軍艦はシュビテ連合旗艦ビレイセク型空母の他において無いが、彼の不沈空母が一隻のみ建造されているのに比べ、ゼ級は現在七十七隻が就役している。

 武装も極めて強力であり、口径●●●の三連装砲塔が上甲板、艦底部併せて六門。対空用の●●●機関砲台が二十門と、さながら剣山竜のごとしである。

 更に特筆すべきは従来の空中艦の常識を覆す装甲厚であり、最新の●●●●●●。艦底に至ってはこれを●●●●●●●●●。これを貫通し得るは●●●●●●●。

 (以下数行に渡り検閲)

 空中軍艦の華々しい活躍は、日々竜民たちを沸かせている。その陰で隅に追いやられたのが、かつて竜民があれ程求めた天駆ける翼、飛行機である。飛行機産業は帝国空軍に見限られ衰退の一途を辿っていた。空を自由に飛び回る夢を追い求めた技術者たちは消えた。飛行に携わる者は、誰しも空中軍艦開発に割り当てられるようになった。稀に過去を捨てきれぬ者が新型飛行機開発を上申しても、軍上層部はつれなく握りつぶした。

 そんな不遇を味わっていた飛行機産業を、救い出したのが他ならぬ敵国シュビテ連合だったのだから、まこと皮肉と言う他ない。

 連合の航空技術は帝国と比べて拭いようのない差があった。現代では●●●●に溺れたとはいえ数千年に渡り飛行技術を研究、模索し続けたクルドハル帝国に比べて、北方諸民族の科学技術の発展は緩やかであり、近年工業力、科学力を著しく発展させたのもあくまで帝国に対抗する為だったのだ。特に造船技術については大きな隔たりがあった。ゼ級のように高度な技術を必要とする大戦艦を何十隻も建造することなど、急ごしらえの連合造船所には不可能だった。

 そこで連合がとったのは小型機の大量生産という道だった。小型高速、単発機関を積んだ航空機をとにかく大量に造りだし、帝国大型艦船に当たらせるのである。北方大陸の潤沢な資源と、膨大な人口が無ければ成立しない方針であった。全体主義体制に移行していたシュビテは、連合加盟国を強引に捻じ伏せて生産ラインを整えた。

 新設計された航空機は、クルドハルの飛行機とは似ても似つかないものだった。鉛筆のように細長い機体。最後尾にプロペラと短い主翼をつけて、高速一撃離脱戦法に特化したこの新型機は設計者たる犬民フリューゲル・ミニスターの名をとってフリューゲル型と名付けられ、制空用、攻撃用、爆撃用と様々なバリエーションが産みだされた。

 高速で集団戦法を仕掛けてくるシュビテ航空隊は、帝国主力艦隊を●●●●。ただし、小型航空機には航続距離の短さと言う致命的な欠点があった。連合は、大型の航空母艦を建造し航空機を前線まで運ぶことでこれを解決した。シンプルな構造で設計された航空母艦は、被弾経始を考慮せねばならない戦艦に比べて建造が容易だったのである。連合の主力はいつしかこの空母を中核となし、装甲巡洋艦や護衛艦を侍らす機動艦隊となっていった。

 当初帝国は小型機に大戦艦をどうこうできる筈が無いと●●●●●●●●、主力艦のバ級巡洋艦が連合雷撃機編隊の夜襲を受け●●●●●●●●●●●●●●●●●。直ちにこれへ対抗するべく引き摺り出されたのが、日の目を見なかった飛行機だった。

 ブリガンタイン社航空技師だったラインワット・ラープは、この時狂喜した竜民の一人だった。勤勉な甲殻竜だったラープは、翼の創始者ベイリンの崇拝者であり、飛行機復興は彼がブリガンタイン入社前からの悲願だったのだ。ラープの呼びかけに、これまで雌伏の時を過ごしてきた腕利きの技術者たちがブリガンタイン工廠に詰め掛けて、新たなる制空戦闘機の開発に注力した。

 設計から開発までのスピードは発注した軍部が驚くほど素早いものだった。これが空中艦であるならば新型艦の図面が出来上がるまで一月は掛かっていたものを、たった三日でそれも三機種の完成図が仕上がっていたというのだから技術者たちがどれほど飛行機造りをしたがっていたのかが分かる。更にその一週間後には試作機三機種のモックアップが軍関係者にお目見えされ、あまりの素早さに空軍内部ではブリガンタインと内通している輩でもいるのではないかと緊急査察が行われた程だった。厳正な調査の結果そのような事実は一切なく、全て技術者たちの暴走によるものと判明した。

 提示された戦闘機は地上発進機、艦載機、水上機とに分かれていた。それぞれ運用方法は違えどもいずれ劣らぬ格闘性能を有しており、新開発の噴進機を使えば高速のシュビテ機にも充分対応出来る速力を発揮できた。欠点と言えば●●●●●●●●。空軍は直ちにこれら三機種を採用し、順にヂ式、ビ式、ヅ式戦闘機と命名された。

 三機種はほぼ共通の構造をしている。小鯨を思わせる小ぶりな機体と、これにそぐわぬほど分厚く幅広の主翼は、それまで古の竜のように優雅なデザインばかりだったクルドハルの飛行機とは全く異質なものである。これはあくまでもこの機体が短距離用の迎撃機として設計された為であり、高速で疾駆するシュビテ機に喰らいつき自軍にとって有利な場へ追い込むことを目的とした故であった。この外観に不満を抱く技術者陣も少なくは無かったらしいが、ラープによって新たな飛行機の設計図が提示されるとそんな声はたちまち消え失せた。現在建造中のその艦は●●●●●●●●●。

 (以下数行に渡り検閲)

 (数頁に渡り削除)

 これまで様々な面からクルドハルにおける飛行の歴史をまとめてきたが、我々竜民にとって空を飛ぶということは一体何なのであろうか。かつて我々は空へ憧れ、彼の天空へ昇ることを渇望していた。しかしそれが叶ってしまうとどうだろう、空はあっという間に戦いの場となった。今や空を飛ぶことは戦うことと同義だ。ベイリンが創ろうとした竜民が自由に空を飛べる社会は結局出来なかった。ヴィンディッヒ男爵は色恋の為に空を飛んだが、果たしてそれを笑う資格が我々にあるのか。そして、竜を地に落とされた天の神は、今の我々の姿を見て何を思うのか。

 全ては未来と言う、曖昧な霞の彼方にあるが、我々に出来ることは●●●●●●。

 今はただそれを祈り、筆を置くことにする。

          紫歴三千七年十七月六日 リヒター・ヴァン・レーベンリヒト

 

(以上の文章には不適切な内容、国防上秘匿すべき情報が含まれていた為、一部検閲されている。心ある竜民は流言飛語に惑わされず、シュビテ主義者撲滅に一丸となるべし。 帝国内務省治安維持局)

【紫歴三千七年十七月二十五日 クルドハル帝国官報より抜粋】

 帝国国家憲兵隊は国家反逆罪、機密漏洩罪、間諜罪によりウールズ出版社に強制捜査をかけ、多数の逮捕者を出した。出版社社長バウム・ウールズを始めシュビテ主義者の疑いで記者リヒター・ヴァン・レーベンリヒト、同記者ファム・アルゼンヌを逮捕拘禁した。また、本件に関わった疑いで元宮廷侍従グオン・ダー、ブリガンタイン重工社員ラインワット・ラープも連座されている。





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