女王との対面

「なんだか面白くないことになった」


 いささか不機嫌そうな面持ちで、アジーズが言った。ハサンとその仲間たちは、謎の騎士や兵士らに取り囲まれ、城壁の内に入り、町を歩いているところだった。どこに行くのかはわからない。ただ、中心部を目指しているようだ。


「本当だ。何かよいものが待っているのを期待していたのだが……」ため息をついて、ハサンが言った。「それともこれから行く先にあるのかな」


 ターヒルは焦っていた。自分の第一の役目は王太子をお守りすることにあるはず。しかし、どうしたことか、ずいぶんと困った事態になってしまったじゃないか。アジーズ様が島に行くと言ったときにお止めすればよかった……。いやそれをいうなら、航海に出ると言ったときに……。しかし悔やんでも仕方がない。ターヒルは、周りを取り囲む兵士や騎士たちを見た。いかんせん数が多すぎる。ここで敵に回すのは得策ではない。後で、逃げ出す機会が訪れるかもしれない。……訪れるとよいが……。


 町はどこか小ぢんまりとしていたが、しかしよく栄えているようだった。大人や子どもたちが、女や男たちが、驚いたようにこちらを見ている。町の中の家並みなども、ターヒルが今まで見てきたものとよく似ていた。だからこそ、意思疎通が図れないことが不安であり、同時に――矛盾することではあるが――どこかで、安心してしまうような気を許してしまうような部分もあった。


 一行は市場へと入って行った。小さな店が次々に並び、品物は豊かだった。買い物中の人々が、荷を運ぶ人夫が、店で商い中の商人が、やはりこちらを興味深げに見ていた。ターヒルの隣を歩くハサンがぽつりと言った。


「何か……変だな」


 ターヒルもそう思っていた。しかし、何がおかしいのかよくわからなかった。ハサンは続けた。


「なんというか……。作り物っぽいよ。おもちゃのようだ。全てが。人間たちも、こちらがぱちんと手でも叩けば、たちまち動きを止めてしまいそうだ」


 そうだ、確かにそうかもしれない、とターヒルは思った。そうして辺りを見回した。人々はターヒルと目が合うと、視線を逸らしたり、また逆にじっと見つめ返してきたりした。それにしても、何か生気がないのだ。そういえば妙に静かだ。この謎の一行に圧倒されて、黙ってしまっているのかもしれないが……。


 市場を抜けてしばらく歩く。行く手に、王宮らしき立派な建物が見えてきた。どうやらあそこへ行くようだな、とターヒルは思った。青空の下に王宮の丸屋根が輝いていた。不思議な輝きだった。一体あの屋根は何で作られているのだろう、とターヒルは思った。屋根は白く、日の光をきらきらと反射させ、艶めいていた。しかもただの白ではなく奇妙な乳白色で、さらにその上に、うっすらと虹の色がかかって靄となって取り巻いているように見えた。それは今までターヒルが目にしたことがない物質であるように思えた。




――――




 一行は王宮に入り、どうやら謁見の間と思しき場所に連れてこられた。みな黙っている。玉座があり、その周りに、この国の高級役人と思しき姿をした面々が並んでいた。ハサンらの周囲には兵士らがやはり取り巻いており、とても容易に逃げられそうになかった。と、ふと、人々のざわめきがした。誰かがこちらにやってくるらしい。共のものに囲まれて、ゆっくりとこちらに向かって歩む影があった。それは小柄な人影であった。まだ若い――20か、10代後半かといった女性で、たいそう美しく、きらびやかな装いをしていた。どうやらこの国の、とても高い地位にある女性であるらしいことが一目でわかった。女性はゆっくりと玉座の近くまでやってきた。座らず、ただ、ハサンたち一行を見ている。目の色は澄んだ青で、大きな二つの宝石のようなそれが、どこか楽し気に囚われ人たちを見ていた。


「わたくしはこの国の女王です」


 目の色同様澄んだ声で女性は言った。それは、ハサンらにも理解できる言葉であり、はっとした衝撃が、そして安堵が、彼らの間に流れた。女王はいくつもの宝石で飾られたヴェールを被り、それが長く黒い艶やかな髪を覆っている。小さな頭を少しかしげて、女王は、彼女の目の前に並ぶ異国人に問いかけた。


「おまえたちは何者なのですか?」


 代表して船長が前に進み出、この島を見つけた経緯、そして上陸し、こうして捕らわれたことを話した。女王は穏やかにそれを聞いていた。


「――わたくしたちの島は――あまりよそのものたちに知られていないのです。おまえたちはよく見つけましたね」


 微笑みを浮かべて女王は言った。……「あまりよそのものに知られていない」程度なのかなあ……とハサンら一行は思ったが、誰もそれを口に出さなかった。


「それで、これからどうするのですか?」


 女王は続けて尋ねたが、どうするもこうするもなかった。とにかく、こうして捕らわれているままでは困るのだ。船へ帰りたい――もっとも、そうできたとしても、この島から逃れられるかどうかはよくわからないが――、そう、船長は切々と訴えた。

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