上陸

 船は島からほど近い場所に止まり、そこから何人かが小舟に乗って島に上陸することとなった。アジーズとターヒル、それからハサンに船長などがその何人かとなり、小舟は海をそろそろと渡って、島の砂浜へたどり着いた。


「……こういう話を聞いたことがある」


 島に上がり、浜を歩きながら真面目な顔をしてアジーズが言った。


「とある船の乗員がある島へと上陸した。最初はごく普通の島だったのだが、その後異変に気付いた。その島はなんと、巨大な魚だったのだ」

「ふむ……。ならば、この島もそういう可能性がなくもない。十分に気を付けたほうがいいな」


 ターヒルがこちらもまた、たいそう真面目に、そう答えた。傍で聞いていたハサンは、こいつらは何を言ってるんだと思い、けれどもしかし、そういうこともひょっとしてあるのだろうかと疑惑にかられ、浜辺をぴょんぴょんと跳んだり跳ねたりしてみた。


「何をやってるんだ」


 それを見たターヒルが聞き、ハサンが答えた。


「いや、もしこの島が魚なら、こうしてみたら動くのではないかと思って」

「あんまり動かれても困るのではないか?」


 ターヒルが言い、ハサンも、それはそうかもしれないと思い、大人しく普通に歩くことにした。


 一行はしばらく、黙って歩いた。まばらな木々の中を抜けてゆく。日差しが暑かった。人間はおろか、生き物一匹にも会わなかった。一応、何かあったときのためにと、武器は携帯してある。しかし静かすぎやしないかなあとハサンは辺りを見回した。鳥の声一つしないとは。


「なんだか楽しそうだな」


 隣を歩くハサンを見て、ターヒルが言った。ハサンはくるりとターヒルのほうを向いて尋ねた。


「楽しそうに見えるか?」

「見える。足取りが弾んでいるじゃないか」

「そうかなあ……」


 ハサンとしては意識していないことではあった。でも確かに、心のどこかに、この状況を楽しんでいる気持ちがないわけではない。


「……ひょっとしたら何かすごいものが待っているかもしれないじゃないか、この島に。例えば――金銀財宝とか、美女とか」

「おまえは呑気な奴だなあ」


 呆れたようにターヒルが言い、その側でアジーズが笑っていた。


 不安と緊張を持って進んでいた一行にハサンの態度が伝染したわけでもないが、進むにつれていくらか空気も和やかになった。相変わらず進んでも進んでも何にも出会わなかった。小舟からあまり離れるのも心配だ。これ以上進むかどうか話し合っていたとき、手近の木に登ってあちこちを見ていた船乗りが、注意の声を上げた。


「町があるぞ!」


 木から降りてきた船乗りが言うには、ここより少し下った先に、城壁に囲まれた町があるらしい。とりあえずそこまで行ってみようということになり、一同は再び進行を開始した。


 果たして、城壁のすぐそばまでやってきた。城壁は無言で一行の前にそそり立っていた。どこかに門があるだろうとは思われるが、しかしここからは見えない。城壁に沿って進んでいくこととなり、しばらく歩いた後、ようやく、遠くに人らしきものを見つけることができた。


 一行は喜び、そちらに近づいて行った。それは城壁の門の前であり、そこから出ていくもの、入っていくものが、人の群れと流れを作っていた。人々は、ハサンやアジーズの故郷のものたちと、似たような恰好をしていた。驢馬や馬を連れているものもいた。


「この島がどういう島であるのか、尋ねてみようか……」


 船長が言い、彼らに近づいて、声をかけた。が、彼らは怪訝な顔をするばかりであった。どうやら言葉が通じないようであった。


 そうこうしているうちに、門から、馬に乗った騎士が出てきた。武装をしている。騎士は、ハサンらの一行に興味を持ったようだった。こちらにやってきて話しかける。しかしそれは、聞いたことがないような言葉だった。


「誰か、この者の言葉をわかるやつはいないか」


 船長が仲間たちにそう尋ねたが、誰も何も言わなかった。船乗りは様々な出身地の人間の集まりであり、また、あちこちの港によるために、複数の言葉を知っているものも多かった。しかし誰も、騎士の言葉を解することができなかった。それが彼らをいささか不安にさせた。また、騎士を含め周りの人間たちが、彼らが知っている世界の人間とさほど変わらぬ恰好をしているのに、それなのに、謎の言葉を喋っているということが、いっそう、彼らを居心地の悪い気分にさせた。


 黙っているうちに、次第に人が増えていた。城壁の内からだろうが、いつの間にかやってきたのか、武装した騎士や兵士たちが続々とハサンたちの周囲に集まりつつあった。気づけばぐるりを取り囲んでいた。しかもみな武装している。嫌な予感が一行の間に生じつつあった。その中で首領格と思われる騎士が、周りに何か命令した。取り囲む輪が一層小さくなる。どうやらハサンらを捕えようとしているらしい。逃げようにも多勢に無勢だ。かくして、ハサンらは、あえなく捕らわれの身となったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る