5. 謎の島

謎の島

 船は港を離れ、また海へと漕ぎ出していった。そしていくらもいかないうちに、事件は起きたのだった。


 その日、早いうちから予兆はあった。船の進み具合がおかしいのだった。風も波も異常がないのに、何故か遅い。一人の船乗りが言うには、まるで、海水が船を進ませまいと絡みついているかのよう、なのだった。そのうち船団から離れ、他の船が見えなくなってしまった。船内に不安な空気が漂ったが、それでもしかし船は進んでおり、進むしかなかった。


 少しして、帆柱の上の見張りが異変に気付き、船長に知らせた。船長は見張りの指す方向を見、少ししてそれを見つけた後、困惑の表情をした。近くを通りがかったアジーズが理由を尋ねた。


「どうかしたのですか?」

「いや……島が見えるのだ」


 人前なので、アジーズに対して上役らしい言葉遣いをする船長だった。アジーズも船長が眺める方向を見た。なるほど確かに島が見える。日の光の下で、岩山と緑の島が見える。それなりの大きさのある島のようだった。


「あの島がどうかしたのですか?」

「――この辺りの海に、あんな島はないのだ」


 船長はきっぱりと言った。


「つまり……船が進む方向を違えている、と」

「そんなはずはない」


 船長は言い切ったが、しかしそれならばますます奇妙なことなのだった。船長はアジーズに言った。


「操舵長や水夫長を呼んで、意見を聞こう」


 こうして船長室で海図を見ながらの会議が開かれたが、誰もこの不思議な事態に対して答えを出すことができなかった。ただ、船の進行方向は間違っていない、ということでは皆の意見は一致した。船は正しい道を行っている。ただ……あの島だけが、おかしいのだ。


 そこで一行は島を無視して進むことにした。船は青空の下を、波を切って進んでいった。……幾らかの時間が経ち、島の姿もやがて見えなくなったが、またも、船長のところに見張りが異常を知らせに来た。


 船長は進行方向の海面に目をこらした。そして、驚きの声をあげた。そこには果たして、またも島があったからだ。しかも、今さっきやり過ごしてきたはずの、あの謎の島とよく似た島が……。


「……進もう。早くこの海域を脱してしまいたい」


 船長はそうはっきりと言った。船員たちも同意し、またも島を無視して、船を進めることにした。船は大きく帆を張り、できる限りの速さで進んでいった。船内にはどこか、暗い空気が立ち込めていた。早く早く、もっと早くと、焦る思いが、船内に、沈黙の内に満たされていた。船もまたそれに呼応して、速足で水を切ってるかのようだった。


 しかし、見張りの報告は三度訪れた。もっとも、報告がなくても、先ほどからずっと進行方向を見ていた船長が、ほどなくそれに気づいた。船長は海の彼方を見やり、大きく目を見開き、そして両手を顔にあてると、うめくように言った。「ああ、神様!」


 船上では船乗りや船客の商人たちがざわざわと船端に集まっていた。そして彼らもそれを見ていた。太陽の光の下に、輝くようにどっしりと存在しているそれを……。それは島だった。それは、この船が二度も通り過ぎたはずの、島だった。


 アジーズは船長のそばに行った。今後のことをどうするか聞くためだった。船長はアジーズを見た。その目が怯えていた。


「どうします? またやり過ごしますか?」

「いや……」


 冷静なアジーズを見て、船長は徐々に落ち着きつつあった。そして、船の長として決断を下した。


「いや、上陸してみよう。そうでないと……私はあの島から逃れられないような気がする」


 こうして船の行先が決まった。船は謎の島に向かって、進み始めた。




――――




 騒ぐ船員たちの中に、もちろん、ハサンの姿があった。どうやらただならぬことが起こったらしいぞ、と、周りから話を聞いてハサンは思った。


「しかし、本当に船が道を間違えているだけではないかね?」


 ハサンは言ったが、言われた方は憤然として、

「船長はもう幾度もこの航路を通っている。他の船乗りだってそういう人間は多い。間違っているわけはないんだ」


 と答えた。ハサンは黙った。とるすと――本当に、わけのわからない、奇妙な事態が生じているのだろうか。


 恐ろしくはあったが、どこかで心が高揚する部分もあった。これから、何が待っているのだろう。あの島の正体は? ハサンは島を見やった。普通の島に見えるが……。ハサンは口には出さねど、どこか期待を持って、島を見続けたのだった。

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