不思議な珠

 嵐は過ぎ去り、平穏が戻ってきた。海賊たちはおおむね退治され、あるものは逃げ去りあるものは捕らえられ、船上は再び穏やかさを取り戻しつつあった。しかしそれでも興奮は冷めやらず、船乗りたちはあちこちで、今回の一件について大いに語り合っていた。こちらの被害は少なく、わずかに怪我人が出てばかりだった。


 捕らえられた海賊たちは一所に集められ、縄で縛られていた。固まってうなだれる彼らを少し遠いところからアジーズが見て、その隣の船長が彼に話しかけていた。


「あまり大したことにならず終わってよかったですな」


 アジーズはちょっと笑った。「海賊たちも不幸なことだったよ。何しろこちらには我が国の勇猛な戦士たちが乗り込んでいるのだから……」アジーズが言う通り、船乗りとして乗り込んでいた戦士たちはあっぱれな活躍を見せていた。


 アジーズが船長と別れ船の上を歩いていると、ターヒルに出くわした。ターヒルは今回の件で最も活躍したといってよい人物だった。ターヒルはアジーズに近づくと、話しかけた。


「ハサンを見ませんでしたか?」


 二人きりのときは、つい、丁寧な言葉遣いになってしまうターヒルだった。アジーズを首をひねった。


「そういえば、見ていないような……」

「まさかあの混乱で、海にでも落ちたのではないでしょうな。心配になって探しているのです」


 アジーズたちが乗る船は大型船ではあったが、途方もなく大きいわけではない。もし船内にいるのなら、それほど時間もかからず見つかりそうなものだが……と思ってアジーズは視線をめぐらせ、そしてたちまち見つけた。


「あそこにいるぞ」


 船尾のほうから、ゆっくりとハサンがやってくるのであった。ターヒルはほっとして、ハサンのほうに近寄った。


「無事だったのか。心配したぞ。姿が見えないから……」


 ハサンは少し驚いた顔をして、そして嬉しそうな笑顔を見せた。


「ふむ、気を遣ってくれたのか。悪いな。おれはこの通り無事だ」

「一体、どこにいたんだ?」

「ええと……それは船室に……」


 ターヒルの問いにそこまで答え、ハサンはいささか決まり悪そうに視線を逸らした。そして続けた。


「船室に……ああそうだ、おれは武芸はからきしでね。出て行ったところで、みなの足を引っ張るだけだと思い……えっと隠れてたんだ……。あ、その、みなの邪魔をしてはいけないという気持ちからで、決して一人だけ楽をしようとかそういうわけでは……」

「うん、まあ、おまえの判断は賢明だったと思うよ」


 ターヒルはあっさり言った。


 その後、ターヒルとアジーズは他の船乗りたちと一緒になり、それぞれの活躍について大いに語らい、ハサンは一人、船上を歩いていた。ハサンはほっとしていた。海賊に乗り込まれたときはどうなることかと思ったが、幸い、命を失うこともなく、怪我一つなく乗り越えることができた。これもまあ……賢明な判断のおかげとも言えなくもない。


 人々の熱っぽい声と静かに広がっていく安堵の中を、海風が吹いていた。海はまたいつもの姿に戻りつつあった。ハサンは、人々から離れたところで、そっと帯の間から先ほど拾った珠を取り出した。日の光に透かして見てみる。やはりその中心部は複雑な色をしており、その色は見ているうちにゆらゆらと形を変えていくように思えた。しかも何か不思議な光をまとっているような……。ハサンはまじまじと見た。見間違いだろうか。しかし何か、この珠から光が放たれているような……。


 ふいに、不気味だなという思いがハサンの中に沸き上がってきた。何かよくないものなのだろうか。手放したほうがよいのだろうか。いやでもしかし……。こんなものは他にないぞ、という思いもハサンの中にあった。こんなもの、今まで見たことない。やはり、ものすごく高価なものではなかろうか……。


 そう思ってハサンは、再び珠を仕舞った。持っておいたほうがいい。とりあえず、大事に保管しておこう。ハサンはそう結論し、くるりと向きを変えて、皆の輪の中に入っていったのだった。

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