4. 魔術師の話
魔術師の話
海賊たちはとりあえず、近くの港の役人たちに引き渡すことになった。そこで、船は予定外のことではあったが、とある港に停泊することになり、数日ほど、船乗りたちに休暇が与えられた。船乗りたちは喜んで、町へと繰り出していった。
その夜のことだった。アジーズとターヒルは港町の、さる邸宅にいた。そこは高名な魔術師の屋敷で、彼はまた王家の人々の相談役でもあったので、アジーズとターヒルの正体を、今度の航海の事情についても知っていた。風のない静かな夜であった。広間の扉は開け放たれ、戸外の甘やかな空気が室内に入り込んでいた。アジーズとターヒルはその魔術師とともに、食事を楽しんでいた。魔術師は年老いた痩せた男で、若い弟子がおり、名前はカイスといってすっきりとした顔立ちをした物静かな男だった。
食事は和やかに行われた。誰も羽目を外すことなく、いたわりと優しさを持って、楽しい時間が続いていた。美しい目をした酌人が、細い優美な曲線を描く瓶を持って、客たちの間を回っていた。ターヒルは寛いでいて、そして幸せだった。出てくる食べ物はどれも美味しかった。
話は王都のことや国内の様々な出来事、学問や詩や、それから今回の航海のことへと及んだ。海賊の話になり、アジーズが、ターヒルがいかに活躍したかを熱弁して、彼を大いに照れさせることになった。
「海賊といえば気になっていることがあるのです」
魔術師が、ふと言った。アジーズが聞いた。「気になっていることとは?」
「謎の珠のことですよ……。輸送の途中になくなってしまったのです。おそらく海賊に奪われたのでしょうが」
「ほう」
アジーズは、魔術師に話を続けるよう促した。魔術師はそれを受けて語りだした。
「ある魔術師がいたのです……。たいそうな力の持ち主でした。彼があるとき、不思議な珠を手に入れたのですよ。真珠のような、でもそうではなく、謎の光を放つ珠。何か強い魔力のあるものだろうと思い、彼はそれを調べてみることにしたのです。友人にそのようなことを言うと、彼は家にこもり、それからしばらく出てくることはありませんでした」
魔術師はいったんここで言葉を切り、そして再び続けた。
「いっこうに出てくる気配がなかったのですよ。心配した友人が家に入ってみることになりました。そうしてそこで……正気を失っているかの魔術師を見つけたのです」
老いた魔術師はまた口を閉ざした。少しの間誰も何も言わなかった。しかしアジーズが口を開いた。
「何故、正気を失っていたのですか?」
「わかりません。部屋には例の珠がありました。彼はひどく錯乱していて、わけのわからないことを始終つぶやき、自分が何者か、どこにいるかさえも理解していないようでした」
「それで、彼はどうなったのですか?」
「友人たちが保護しました。が、数日して亡くなりました。死因はわかりません。そしてついに、正気に戻ることはありませんでした」
また沈黙が広がった。ターヒルはふと肩をすくめ、周りを見回した。どこかから生温い風が吹き、何かがしのびよってきたように思ったからだ。しかし、何もなかった。風さえも吹いている気配はなかった。広間のろうそくの灯りは揺れることもなく燃え続け、ランプとともに辺りを照らし、煌めかせていた。
「……珠のほうはどうなったのですか?」
アジーズが聞いた。
「こちらも友人が回収しました。けれどもどうにも恐ろしいものに思われまして、魔術師の一人に預けました。彼もまた力の強い魔術師であったので、この珠の異様さは理解することができました。そして、これはむやみに触れるべきものではない、という結論を出したのです。そこで小箱を作ってその中に収め、魔術の力を持って蓋をしました。普通の人間では決して開けることができないようにしたのです。さらにそれだけでは心配なので、もっとしかるべき、よい保管場所へと運ぶことにしたのです。ですがその途中で……」
「紛失してしまったのですね」
「そうなのです。海路でもって運ばれましたが、船は海賊の襲撃を受けました。海賊に奪われたか、もしくは海に落ちるなどしたのでしょう。海に落ちていれば問題は少ないのですが……」
「もしそうでなければ……。誰かの手に渡ることがあってはいけませんね」
「ええ。ですが、強い封印がしてあります。よっぽどのことがなければ、箱が開くことはないだろうと思えますが」
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