3. 海賊たち

海賊たち

 航海は順調に続いた。乗員たちは日々の仕事に明け暮れ、時に喧嘩をし、仲直りをし、物を食べたり遊戯を楽しんだり、悪態をついたり感動したり、仕事をしたり怠けていたり、ハサンがターヒルに叱られたりアジーズに勝負で負けたりしながら、船はすいすいと海の上を進んでいった。よい風が吹いて、白い帆は海の青と空の青に映えていた。ハサンは生活を楽しんでいた。やっぱり愚痴を言いたくなることもあるけれど、船での暮らしは愉快で心弾むものがあった。


 だがしかし。一天にわかに掻き曇りとばかりに、唐突に災難は訪れるのだった。それはある日のことだった。その時、船は仲間の船から幾分遅れてしんがりを進んでいた。と、見張りをしていた一人が警戒の声をあげた。船の人々はたちまち集まって、彼の促すほうを見た。そこには……小ぶりな船の一軍があって、それがこちらに向かって近づいてきていた。そしてみるみる船を取り囲み……矢を射かけてきたのだった。


 船内はたちまち混乱に陥った。海賊だ! と誰かが叫んだ。しかし、混乱のままに右往左往しているのではなかった。人々は船室に飛び込むと、海賊と戦うために武具を持ち出してきたのだった。




――――




 ……ハサンは怒っていた。元来、おっとりしていてあまり真剣に怒ることのない性質だったが、今回ばかりは怒っていた。それも大いに怒っていた。怒りのあまりめまいがするほどであった。けれどもめまいの為にゆっくり横になっているわけにもいかなかった。何しろ船の上は喧噪と戦闘で収集がつかない状態で、ハサンもたいそうに気を付けていないとやられる危険性があったからだった。


 海賊たちは船に近づくと、船べりに鎖をひっかけ乗り込んできた。もちろん、乗り込まれたほうは応戦した。船上はたちまち戦場となった。怒号が飛び交い、悲鳴が行き交い、剣と剣の応酬が続いた。中には取っ組み合っている者たちもいた。


 ハサンは大変肝をつぶし、それからまず思ったのは、逃げなければ、ということだった。ハサンは戦いが苦手だった。というよりも、人生で戦ったことなどない。特にこういう殺し合い的なものはない。なんと野蛮な連中なんだろう……とここでハサンの胸の内に怒りが沸き上がるのだった。他人に対して問答無用で暴力を振るってくるとは……どういうことなのだろう! なんというむごい、残酷な奴らなのだろう。


 そこでハサンは大慌てで甲板の上にある積荷の後ろに隠れた。そして首だけ伸ばして辺りを見た。それにしても……我が船の乗員はみなやたら強くないか? とハサンは思うのだった。船には元々、このような事態に備えて警護のものを何人か乗せており、彼らが強いのは当然としても、何故か水夫たちも強かった。船乗りは海賊に対抗するために普段より武術の鍛錬をしているのだろうか。それとも肉体労働だから自然に身体が強くなるのだろうか。ターヒルなど、複数人を相手に戦っているし……。ハサンの近くにターヒルがいた。複数人相手でも全くひるむ気配がない。大きな身体がよく動き、むしろ敵のほうがたじたじとしている。まあ奴は見るからにこういう荒事が得意そうだしなあ、とハサンは思った。


 自分は無理である。出て行っても、たちまちのうちにやられてしまうだろう。そしてこの世からおさらばしてしまうだろう。おさらばは嫌だな……とハサンは思った。ハサンは生きているのが好きだった。しかも新しい世界に足を踏み入れ、これから面白くなりそうなところなのに、ここでおしまいとなってしまうのは嫌である。


 ハサンはまた辺りを見回した。本当に、みんなよく戦っている。これならばまあ、放っておいても大丈夫なのではあるまいか。というわけで、この状況を勇敢な皆様にお任せすることにして、ハサンはとりあえず、戦闘が終わるまで船室に隠れていることにした。


 と、心が決まったので、その場を動こうとした。が、追われる海賊が目の前を通りすぎ、慌ててまたも積荷の後ろに引っ込んだ。その時、海賊が何かを落としていくのを目にした。なんだろう、とハサンは興味を持った。そしてゆっくり這い出すとそれを手に取った。それは小箱のようだった。なんの変哲もない、小さな、木でできた箱だった。


 蓋は簡単に開いた。中を見ると小さな珠が入っている。乳白色をしており、小指の先ほどの大きさで、真珠か何かのように見えた。ハサンはそれを手に取って、間近で眺めてみた。真珠ではないようだ。真珠よりももっと透明度が高く、白以外の他の色が、黄や緑や青の色が、珠の中心近くで渦巻いているように見えた。


 ――これは一体なんなのだろう……とハサンは思った。しかし考えたところで答えが出るわけもなく、ただとりあえずは、何か金目のものかもしれない、と思った。ならば……捨てずに持っておいたほうがよさそうだ。しかし、この小箱は用がないので捨てておこう。ハサンはそれをえいっと海に放り投げた。そして珠のほうは、そっと帯の間に閉まった。


 海賊が持っていたものだから、ひょっとしたら盗品かな? 誰か正当な持ち主がいるならば……返すべきだとは思うが、海賊のものだから、誰が持ち主なのかわからない。ともかく、自分がいったんは預かっておこう、とこのようにハサンは結論づけた。そして、積荷の影から顔を出して辺りを見回し、安全を確認すると、脱兎のごとく、船室に飛び込んだ。

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