女性に好かれるには
暗く、狭い船室でハサンは横になっていた。夜で、隣ではアジーズが静かな寝息を立てていた。乱雑に荷物が置かれた室内には、船乗りたちが汲々と集まっていた。当直の人間を除いて、大体はここにいる。出身地も年齢も性格も見た目も様々な、しかし一つ船に乗り、ともに旅をする仲間だった。
船室はあまり清潔とは言えなかった。淀んだ匂いもする。ハサンは最初、とてもこんなところで眠れないと思ったが、しかしそのうち慣れてすぐに眠れるようになった。船は夜も動いていて、揺れが身体に伝わってきた。毎日が物珍しいことの連続で、しかも今までのんびりと暮らしてきたハサンには、船の生活は疲れるものだった。けれども……楽しいかもしれない、とハサンは極力前向きに考えた。うん、あのまま路頭に迷うよりはましだった。
ハサンは隣に眠っているアジーズのことを考えた。それからその相棒のようなターヒルのことを。ターヒルはいつも元気で、陽気にはつらつと働いた。たぶん、単純だからだろう、とハサンは思った。単純だから、あれこれと思い悩むこともなく、その分の力が行動に回せるのだろう。ターヒルはいいやつだな、とハサンは思った。裏表がなく、さっぱりしていて、一緒にいて気持ちがいい。
ある時、ふと、女性の話になった。ハサンが、過去に仲良くしていた女性たちについて語っていると、ターヒルが驚くような、いっそ畏れを込めたような目でハサンを見つめていた。
「……いや、おまえはずいぶん、女性にもてるんだなあ」
感嘆の気持ちを込めてターヒルが言った。ハサンは悪い気はせず、こう答えた。
「まあどういうわけだかね。女性に好かれやすいらしい」
「それは顔がいいからだよ。いいなあ……。……おれはどうも女性が苦手なんだ」
「ふむ」
ハサンはターヒルの顔を見た。ターヒルはきまりが悪そうであり、そうしていつになく困ったように付け加えた。
「うん、苦手といっても、嫌いという意味ではないんだ……。仲良くしたいと思うんだがね。どうしてよいかわからない……」
「それは見た目が恐ろしく見えるからじゃないか?」
ターヒルは長身で、筋肉もたくましく、しかも顔もいかめしかったので、ぱっと見にはとっつきにく印象があった。ハサンはさらに言った。「女性たちは外見に少し怖がっているんだよ。おまえの内面を知れば、きっと好きになってくれるはずだ」
「なるほど」
ターヒルの顔が明るくなった。そして、ハサンに聞いた。
「ではどうすればいいんだ? 顔なんて今から変えられないし……」
「笑ってみるのはどうかな」
ハサンは真面目に助言した。「笑顔というのは、人の警戒心を解くよ」
「そうか。では……こうかな」
にっかりと大きく口を開けて、身体をそらすように豪快にターヒルは笑った。ハサンは首を振って、
「いやいや違うよ。そういう……がっはっは、という感じではなくて、もっとこう、穏やかに親しみやすく……こう」
ハサンはターヒルにお手本を見せた。繊細な顔立ちをした、夢みるように美しいハサンがそっとはにかみを見せて微笑むと、多くの女性たちはこの人のために何かをしてあげなくてはならない、という気持ちになるのだった。
「うーん、難しいな……。では、こうか」
お手本を見て、ターヒルが先ほどよりもだいぶ穏やかに笑った。ハサンは難しい顔でそれを見ていたが、やがて、言いづらそうに言った。
「うん……。なんというかこう……歯痛の大トカゲが、痛みに耐えかねて、中途半端に口を開けてみた、って感じだな……」
それを聞くと、ターヒルはむっとして、たちまち笑顔を消してしまった。
と、そんな感じでターヒルとハサンは仲が良かったのであり、また、この二人にしょっちゅうアジーズが加わった。それはターヒルがよくアジーズと一緒にいるからだった。二人の関係はやはり、ハサンにはわからなかった。しかしこのアジーズという男も変わったやつだな、とハサンは思った。
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