15、2


 ドアウィンドウに額をつけてぼうっとしていると、車は駐車場に入った。母さんがシート越しに後方確認して車を停める。最後のブレーキのはずみでおでこをガラスにぶつけた。

「母さんちょっと買い物して来るけど、あんたどうする?」

「ん、待ってる」

 そう返事すると、母さんは一瞬ためらう気配だったが、ドアを開けて車を出た。そして意識してかどうかわからないが、キーでカギをかけてから車を離れた。


 ライラがマスクト・レサに帰って、2週間経つ。

 あんな刺激的な経験の後では、何事も起こらない日常が少しばかり味気なく感じてしまう。だからと言って、気ままに遊びに出かけることもできない。母さんが少し心配症になっているので、俺は一人で外出するのを自粛していた。

 母さんは俺を一人にしたくないらしく、仕事を休み、買い物に行くときも必ず俺を連れて行った。そこまで心配をかけていることが情けなく、申し訳ないので、俺も大人しく引きこもってゲームに明け暮れていた。

 一人車内に残った俺は、ケータイを出して時間をつぶした。



 しかし、この夏休みの間、ずっと俺についてるわけにもいかなかったようだ。

 翌朝起きると、母さんが出かける支度をしていた。父さんも仕事のようだ。

「カイ。今日用事に行くから、留守番頼める?」

「うん」

 久しぶりに母さんの目がなくなるので、正直ほっとした。

「…もし出かけるなら、必ず連絡して」

「わかった」

 俺の返事を聞くと、母さんは家を出た。


 母さんは、出掛けるな、とは言わなかった。それに、最近はろくに日光も浴びてない。数十分居間で過ごしてから、俺は立ち上がった。

「ヒロ、散歩に行くぞ」

「本当!?」

 ここ数日、ヒロの散歩はもっぱら母さんがしていたので、久しぶりの俺との散歩にヒロも喜んでいる。

 ハーネスとリードをつけ、少し迷ったが、母さんに「ヒロの散歩に行く」とLINEを送っておいた。これぐらい大げさな方が、母さんも安心するだろう。


 リードをひいて玄関を出ると、外はカンカン照りだった。昨晩の雷雨のためアスファルトはにじみ、空気は蒸していた。

 何も考えずにいつものコースに足を向けたが、ふと思いついて向きを変えた。

「今日は、いつもと違う道なんだね」

「うん」

 俺はヒロを連れて、猛暑日になりそうな空の下を歩いた。


 しばらく歩くと、大きな神社にたどり着いた。

 周囲を背の高い木に囲まれているので、境内には大きな木陰とセミの声が落ちていた。近所の公園から甲高い子供たちの声が聞こえる。

 神社に人影はなく、夏休みに浮かれる世間とは隔絶された感がある。俺は入り口の自販機でサイダーを買うと、鳥居をくぐって近くのベンチに腰を下ろした。

 一口飲むと、汗の浮いた体に冷えたサイダーが染み透る。ヒロも足元に伏せってヘッヘッと舌を出している。

 ぼんやりしていると、「ねえねえ」とヒロが話しかけてきた。

「初めてライラちゃんと会ったときも、こんな場所だったよね」

「ああ」


 ヒロの言葉に、やっぱりあれは現実だったんだと再確認する。

 あの神社はもっと不気味だったし、今はご神木が倒れてしまったから、神殿としての機能を失ったとかなんとか言ってた気がする。

 その時のことを思い返すと、同時に、いろんな感情が蘇る。


 巨大な生き物にまみえる緊張、死にかける恐怖。


 そして、新しい世界と対面する――――高揚感。


 もし、もう1度、この世界をでるとしたら――――


「わあ!」


 ヒロが驚きの声を上げた。

 俺とヒロが見つめている社が、揺れたのだ。


 ガタンッ


 またも派手な音を立てて、社の戸が動いた。

 俺とヒロは立ち上がった。

「兄ちゃん、あれ…」

「どうだろうな。どうする?」

 そう答えながらケータイを取り出す。一言、連絡した方がいいだろうか。


 俺は操作しかけた指を止め、ケータイをポケットにしまった。

「ちょっと、のぞいてみないか?」



 俺とヒロは、参道を通ってゆっくりと社に近づき、本殿の引き戸に手をかけた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドラゴニカ トドロキ @todoroki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ