Ex4 少女から見た友の引く『線』

 独りにしておくと危険だからと、学校に連れて来られる。


 大変な騒ぎになった。

 守ってくれ気遣ってくれるのはありがたいが、ここまで注目を浴びるとは思わなかった。


 皆が私を見に来た。

 連れられた教室の生徒全員に囲まれる。

 それに対して、ユウとサクラの落ち着き具合は不思議だった。


 戸惑っているのかもしれなかったが、思うほどではない。

 二人は、ちょっと困るなぁ程度に感じている気がした。

 馴れているのだろうか。

 人の視線が多すぎると、私は落ち着かない。


 禄に喋れないまま、事態が収まるのを待っていた。

 助けの手はサクラが差し伸べてくれる。


 しかしサクラの顔を見て、皆が一様に妙な笑みを浮かべた。

 そして、何かを納得したように去って行く。

 皆の対応に、サクラは憤慨していたが、私は少しだけ納得する。


 サクラは朝から、どこか不機嫌だった。

 ユウに向けて、たまにむすっとした顔を向けている。


 理由が何かはわからなかったけれど、周囲は皆独自の解釈で捉えたようだ。

 サクラがぶつぶつと言っているので、横に立ち様子を覗う。

 ユウが言った言葉に文句があるようだが、何のことだろうか。

 考えてもわからなかったので、私はユウとサクラと廊下を歩く。


 学校は四階建てで、ユウとサクラの教室は三階にあった。

 階段を降り、廊下を進んでいくと、大きな建物に辿り着く。

 板張りの床が広がっていた。

 ユウのクラスにいた男子が各々モップを手に持ち、駆け回っている。


「草河ー。はりー」


「ごめん、すぐに始めるわー」


 ユウはサクラと私を置いて、男子たちと混ざり始める。

 モップを受け取り、駆け始めた。


「ディーネちゃん、わたしたちは細かいところお掃除しよっか」


 サクラが私に笑いかける。

 頷いて、用具の入った部屋に向かう。

 雑多に散らかっていた。

 少なくとも、二人で片付くとは思えない。


「……、これは応援がいるなぁ」


 サクラは腕を組んで唸り始める。

 しばらく悩んだ後、私に顔を向けた。


「ねえディーネちゃん。クラス戻って応援呼んでくるから、おにいちゃんのところに居て?」


 サクラはそう言うと、パタパタ走って去って行った。

 仕方なく、私はユウを眺める。

 ユウは男子たちと笑いながら、床の清掃を続けていた。

 半ば競争するように端から端まで走っている。

 ユウを中心に一列になって走る男子の姿は、中々壮観だった。


「だあああああ! こんなアホなことでも、草河かああああ」


 端まで走り終わり、ユウが一番に到着した。

 男子が続々と壁に辿り着き、ユウに文句を言い始めた。


 その顔は皆、不満よりも明るい感じである。

 ユウを小突くようにして、皆が笑いかけていた。


 楽しそうな風景だった。

 ユウは男子たちの拳を受けたり、避けたりしながら笑顔を向けている。


「もう1本行こうぜ、草河―」


「えー、まだやるの? 他の掃除もしようよ、斉藤君」


 仲良く過ごしているが、他人行儀のような態度が気になった。


 名前と名字。

 それだけではあるが、どこか距離が見える。


 サクラはクラスメイトからは名前で呼ばれていたので、余計に思う。

 言えないような雰囲気がある訳ではないのに、不思議だった。


「あれ、ディーネ?」


 眺めていると、ユウが私に気付いた。

 私の方にユウが歩いてくる。


「桜は?」


「あの、応援を呼んでくるって……」


 私の言葉に反応したユウは、先ほどまでいた用具室に顔を入れて、唸り始める。


「これは、うん。応援居るな……」


 ユウは考えた結果、振り向いて男子たちに呼びかける。

 男子たちは集まってきて、ユウの指示に従い、用具室の道具を出し始める。


 ユウは率先して重たい物を運んでいた。

 釣られるように、他の男子も重たい物を手に取る動き出す。


「あ、あの……」


 私も何かした方がいいと思い、ユウに声をかける。


「え? あー……」


 ユウは用具室を見て、考え込む。

 用具室の中の物は粗方運び出されたみたいだ。

 そしてサクラが、女子を数名引き連れて戻ってきた。

 女子たちが用具の手入れを始め、男子が補助を始める。


「あ、おにいちゃん」


 サクラがユウに気付き寄ってきた。


「お。お疲れさん」


「うん、応援連れてきたけど……」


「なんか、必要以上に集まったな」


 清掃が恐ろしい勢いで終了していく。

 ユウとサクラは皆の動きを見て、困ったように笑った。


「困った、仕事が特にないな」


「そうだね。思いの外、スピーディー」


「教室は?」


「何人か残ってガラス拭きしてるけど、それも人手は足りてるし」


 どうやら、清掃作業でできることは殆どないようだ。


「しまったなー……、やり過ぎた」


「やり過ぎたって?」


 手持ち無沙汰になったユウは、首を摩りながらぼやく。

 サクラはユウと共に、他の人の作業を眺めながらユウに寄りかかながら訊ねた。


「んー。いや、ほら。俺たち、よくやるじゃん? 自分から率先するってアレ?」


「あー。先に基準つくって、ここまでは頑張ってね? 的なヤツ?」


 二人は理解しているようだが、何を言っているのかと考えてみる。

 先に基準を作るというのは、何だろう。

 率先して行動することなのだろうか。


「競争を嗾けて床清掃とか、重たい物を持って運ぶという遊びをしかけてみたんだ」


「あっという間に終わったねー。さすが夏休み前のハイテンション」


 二人の会話を聞きながら、ぼんやりと考える。

 ユウとサクラは当たり前のように会話していた。


 もしかして、普段の行動でも同じようにしているのだろうか。

 このような集団行動のときは、特にそうなのかもしれない。


 ユウと周囲との距離を感じる原因は、ここにあるのでは、と考え始める。

 狙って行動をしているとしていたら、秘められた理由はなんだろう。


「とりあえず、他の細々としたところやろうか」


「そうだねー。何かしようか。ディーネちゃんも手伝ってー」


 ぼんやり考えていると、サクラが手を伸ばしていた。

 私ははっと気付いて、サクラの手を取る。


「更衣室の中でも、掃除する?」


「……女子更衣室は勘弁してほしい」


「誰も入ってないから、大丈夫だって」


 ユウとサクラの会話を聞きながら、考える。

 この二人の、人との距離の取り方が気になる。


 なんで気になるのか、考えてみて、私は小さく嘆息した。

 考えてみれば簡単なことだった。


 私自身が、そうだからだ。

 自らを偽り、壁を作り上げている。

 他人との距離を、強固に離していた。


 きっと、だから似たように距離を取るユウが気になるのだろう。

 身内と外で距離を使い分けるユウが、無性に気になった。

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精霊使いは平凡な生活に憧れる、けど。 チキンさん。 @Dothechucky

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