1階は新たなる旅立ちの世階 

女神様を祭る神殿とそこに集うたくさんの人々、春の暖かな陽気、爽やかな風。それは、今から数百年近くも前に、私が見た光景、感じたもの。


小高い丘の上に腰掛け、長年旅を共にしてきた電子端末を手にした私は、自分が旅立った日のことを思い返していた。


階層世界の末端に位置する1階で、他の階との交流が回復していたとは。女神様を祭る神殿は、今では他の階からの訪問者に人気の観光名所となっている。1階から、他の階へ旅立つ者も多くいるようだ。私の時代には、一生に一度しか他の世階へ行くチャンスがなかったなど、誰が信じるだろうか。


箱船エレベーター】は、異世階と繋がる扉。未知なる場所を知りたかった私は、そのために、自分の大切な人だって置き去りにした。


もっとも、その大切な幼馴染みは、私の目の前で、あの日と変わらぬ姿で立っているわけだが。


「まさか、君が旅人になって、この世階をこんなに変えていたとはね。もう一度君に会えるなんて、思わなかったよ」

「アンタが帰って来るのを絶対待ってるって、約束したからね。旅人の慣習の改革とか、異世階とのパイプ作りとか、【箱船エレベーター】の修理とか、本当に大変だったのよ。寿命を延ばして、この若い姿を保つために、魔法とかもかなり勉強したんだから」

「ホントに、君の方が、私よりスゴい旅をしていたかもしれないね」

「まあ、アンタを待っとかなきゃいけなかったから、あまり遠くの階層には行けなっかけどね」

私がこの1階を去った後、彼女は私の帰りを迎えるために、ありとあらゆる手を尽くしたようだ。あの旅立ちの日からは、何百年も経っているというのに、約束通り待っているなんて。本人曰く、特例を作って旅人になり、異世階に赴いて、ありとあらゆる方法で不老不死を追求した結果だとか。これだけ意志が強いのなら、あの日旅立つべきだったのは、私でなくて彼女の方だったのかもしれない。


「それにしても、どうして、そこまでして私のことを?」

「あんたって、ホントに鈍いのね。そこは、これだけの旅を終えても、何も変わってないんだから」

そう言って、彼女は優しく微笑む。


そう、これこそが、女神様に託した私の願い。故郷に生きて帰るという、幼馴染との約束を果たすこと。といっても、彼女がまだ生きているというのは流石に予想外だった。


「さあ、行くわよ。あんた、私よりたくさんの世階を見てきたんでしょ、たくさん待たされた分、素敵な世階のこと、たくさん紹介しないと、許さないんだから!」


彼女の手を取り、私は【箱船エレベーター】へと向かう。


隣に立つ彼女の笑顔は、あの旅立ちの日と同じ。ただ違うのは、それが彼女の心からのものだということ。そして、彼女もまた、私と同じ旅人だということだ。


さあ、私たちの新しい旅の始まりだ。



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【箱船《エレベーター》】と異世階の【旅人】 佐藤.aka.平成懐古厨おじさん @kinzokugaeru

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