第6話 悪魔のため息

「じいさん、何者だい?」


「まあ、先輩とでも呼んでくれ」


「先輩? あんた、もしかして、俺の事――なんか知ってるのか?」


「そうじゃな……お前さん、悪魔だろ? 見えないけれど、ヒツジのあれを着ているんじゃろう?」


「ってことは、あんたも悪魔かい? 悪魔の世界から来たんだな」


「もう何十年になるかの……すっかりこっちの世界に馴染んでしまったが、懐かしい匂いがしての……あんなに活きの良い奴はこっちにはおらんのじゃよ」


「僕は、悪魔の世界では大人しい方だよ、あっちじゃ争い事は日常茶飯事だけれど、喧嘩もあんまりしたことないし……でも、こっちの奴等やつらは一体どうしちまったんだい? 天使って気持ち悪いな、あんなんじゃ、ストレス溜まってしょうがないだろうに……」


「天使か……会ってみたいもんじゃな……」


「え? 何言ってるんだい? ここにいるのはみんな天使なんだろう?」


「ああ、そうか、お前さん知らずに来たんだな……昔々の話なんじゃがな、悪魔の世界に、異世界ブームと言うやつが起こってな、猫も杓子も異世界、異世界と妄想が膨らんでいったんじゃ、そこへ、遂に異世界を発見した者が現れた。そいつが開発した『天使の着ぐるみ』という異世界へワープできるアイテムを、ある団体が発売した。その団体と言うのが、有名な宗教団体で、争い事ばかりの悪魔の世界を脱出して平和な天使の世界へ行きましょうと言い出した」


「そんときの残りを、僕が古着屋で買ったんだな」


「じゃろうな……ところがじゃ、天使の世界とは真っ赤な嘘で、その世界は、左右がひっくり返った何もない世界じゃった。そこへ、信者を住まわせて、にそっくりな世界を作った」


「会社名までそっくりそのままの世界を作ったのか……バカげている――でも、僕はずっとこの会社で働いていたことになってたぞ」


「それは事前に教団が手を回しているんじゃよ、ご新規一名様、そちらへ向かいますのでよしなに……っとな」


「ご新規って入信したのか……僕は……」


「どちらにしたって、ここに住んでいれば同じ事じゃよ」


「え? え? ちょっと待って? じゃあ、この世界には天使はいないって事? 天使の世界じゃないってこと?」


「天使の世界じゃないかと言われれば、それはわからん。天使とは、そもそも悪魔から生まれたものかもしれんのじゃからな。ただ、全員が悪魔で天使のをし、いつしか世代が進む毎に、本当に天使なんだと思い込んで暮らしておるのじゃ。わしなんぞ、この世界では新参じゃよ」


「なんだよ……なんなんだよ、この世界は……」


「この世界は、言ってみれば、天使と悪魔の間の世界じゃ、天使の皮を被った悪魔が暮らす世界なのじゃよ」


「――わかったよ……僕はこんな、周りの目を気にして、を演じて、ストレスを溜め続ける様な世界にはいられないよ……帰ろう……着ぐるみを脱いで、帰ろう」


「ゴーグルをつけたが最後、もう着ぐるみは脱げないんじゃ。肌に吸い付いて、着ている感覚もないじゃろう? どうやって脱ぐつもりじゃね?」


「――もう帰れない?」


「このままここで、として暮らすんじゃよ」


おわり

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天使の世界へ行った悪魔のアッくん 柳佐 凪 @YanagisaNagi

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