第5話  切れ端を繋げた一瞬

 とりあえずシャワーを浴びた僕は、昨日のハンバーグを電子レンジで温めて食べ、いつも通りに学校へ行った。


 先生に絵の事を聞かれたので、まだできてないからもう少し待って欲しいと言ったら、どうやら他の子が描いてくれたらしく、もう象の絵はいらないと言われた。僕はそうですかとだけ返事をして、自分の席に戻るや、いつもどおりラクガキ帳の用紙を一枚切り離して描き始めた。


 もちろん、象の絵を描き始めた。


「照間くん、また絵を描いてるの?」


 舞ちゃんが、話しかけてきた。


「うん。象の絵、まだ描いてないから。……それより、掌は大丈夫?」


「えっ、……確かに朝、ちょっと怪我しちゃったけど、なんで照間くんが知ってるの?」


 舞ちゃんは驚いたように自分の掌を見つめていた。手首から指の付け根に向かって真っすぐ切り跡がついている。口で言うと信じてもらえなさそうなので、僕は顔に「僕がやりました。」と書いておくことにした。


 結局、全部夢だったのかもしれない。でも、夢にしては三毛猫はうるさかったし、はっきりと出来事を憶えていた。まるでどこか別の世界にさ迷っていた居たみたいだった。


 そんなことを思っていると、突然クラスの女の子が叫んだ。


「あ!猫さんだー!」


 みんなが一斉にそっちを振り向いた。すると少し大柄な三毛猫が、コンクリ造りのベランダの手すりに寝そべって、何かをじっと見つめていた。


 僕は、瞳の奥を覗かれているような気がした。


「……リベ?」


「?、照間くん、あの猫さんを知ってるの?」


 舞ちゃんが僕に尋ねた、その瞬間だった。突然聞きなれない警報音が、やかましく教室に鳴り響いた。


【緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください……。】


……………………。


 気が付くと真っ暗だった。土煙が酷くて前が見えない。お腹の辺りがとても温かいが、それ以外は真冬のように冷え切っている。


 光が差して、大人の叫び声が聞こえた。僕はそれをぼーっと見上げ、担ぎ上げられたその時も、青い空を流れる白い雲を目で追っていた。その時の太陽の光はとても暖かくて、その心地よさに意識を奪われた僕は、いつの間にか眠ってしまっていた。


…………………。


「……先生、本当にあの子はなんともないんですか?」


 三十代半ばぐらいの顔立ちの良い女性が、顔にシワが寄り始めた真面目そうな眼鏡の医者に問いかけた。すると、医者は渋い表情をして頷いた。


「怪我はもうよくなりましたし、カウンセリングも問題ありません。ただ少しだけ、地震の影響は残っているかもしれませんが……。」


 医師の机には、「…… 照間」という名前の小学生の男の子のカルテが乗っていた。母親と思わしきその女性は、医師の解答に困惑した様子で前のめりになる。すると一枚のラグガキ帳の用紙を取り出して、それを医師に見せつけた。


「あの子、絵が好きでよく描くんです。動物の絵が好きなんですが、何だか最近はあの子の描く絵が気持ち悪い物ばっかりで……。もしかしたら、心を病んでるんじゃないかって心配で……どうにかなりませんか?」


 医師は眼鏡を持ち上げて絵を観察すると、ほー、と溜め息のような返事をして、難しい表情をして唸り始めた。


「……悪い夢でも、見たのかもしれませんなぁ。」


 絵は、お腹を空かせた象が一生懸命餌をねだっている姿を描いていた。痩せ細った顎や垂れた胴回りの皮、何よりもたるんだ光のない瞳が、何よりも悲しさを連想させる。


 ただ、それを見守る飼育員の、おぞましく思える程に満面の笑みは、まるで輝く世界にあはは!と声高に笑っていた、あの三毛猫の笑顔のようだった。

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リトル・タイム・アナグラム 喘息患者 @zensoku01

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