第4話  醒める夢と醒めて欲しい夢

 身体の奥が熱いのは、夕焼けを背にして走っているからだろうか。その光を黒いランドセルが吸収しているからだろうか。それとも単純にそういう季節だからだろうか。


「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!!。」


 目の前に起こった出来事が信じられない時、どうしていいのかがわからなかった。とにかく走って、早く独りになれる場所に行きたかった。少し走っただけで、喉の奥がひゅーひゅーなるほどに息が切れたことなんてあっただろうか。絵を描くのは好きだけど外で遊ばないわけじゃない。マラソン大会もそれなりに順位は高い方だった。


 それなのに、今日は今までで一番走るのがしんどい。それこそ、誰かが肩にぶら下がっているみたいだった。


「はぁ……はぁ……っくぁっ!!……ああっ!!」


 お帰りを言う母親の声もすり抜けていった。部屋に着くなりベッドにランドセルを叩きつけた僕は、それを邪魔だと床に薙ぎ払ってベッドに転がった。仰向けになって見上げる天井は真っ暗だが、不思議と壁紙のシワまでくっきりと判別できた。


 男の子が体育の授業で、ゴールポストに体を打ち付けて保健室にやって来た。軽い打撲だったが、背中に跡が残ってしまっていた。


 問題はその後だった。皮膚が腫れ上がっているのだが、それが肩の付け根から腰骨にかけて一直線に、それと四角いゴールポストにどう打ち付けたらできるのか、脇腹寄りに綺麗な全円の腫れ跡があったのだ。


 身に覚えがないなんて、顔に嘘と書いてあるのにどう誤魔化せばよかったのだろうか。


 幸いにして当たり前だが、尋ねられなかったため答えずに済んだ。だけどその後の授業で、ずっと顔色が悪そうだったと舞ちゃんに心配された。僕は誰とも目を合わせずに急いで帰って来た。


 きっと明日は仮病で体育を休んだと非難されるだろう。ならもういっそ学校ごと休んでしまおうか、とにかく誰にも会いたくない。自分が何をしたのかが理解できるまでは誰にも会いたくなかった。


 僕は必至に目を閉じた。眠ればリベに会えるからだ。リベを問い詰めなければならない。一体あれはなんだったのか?なぜリベは止めなかったのか?あの世界は何なんだ?


 いくら夢だからって、僕の手にマイナスドライバーが握られていたのは偶然じゃないはずだ。その理由も、リベなら全部知っているはずだ。


 僕は眠ろうとした。しかしどれだけ目を閉じて待っても、いつもより数段速い心臓の鼓動がやかましく聞こえるだけだった。額に汗をかいているのがわかるぐらい、無風の部屋が涼しい。僕は焦っていた。


 それから一時間は経っただろうか、ついに眠れなかったので晩御飯の呼び出しがかかった。食卓に座るとレタスとボイルしたニンジン棒が添えられたハンバーグと、千切りキャベツに市販のシーザードレッシングがかかっただけの小盛なサラダが並べられていた。


 いただきますと言ってキャベツを箸で掴んで口に運ぼうとすると、母親が僕のお茶碗によそったご飯を隣に並べながら尋ねてきた。


「照間、象の絵は完成したの?」


 一瞬何を聞かれるのかと思って胆が冷えたが、特に当たり障りのない問いだとわかると、千切りキャベツの食感が心地よく感じた。


「ううん。……あれは捨てた。」


「えっ……どうして?凄くうまく描けてたじゃない。」


 母親が困惑するのも当然だ。僕も会心の出来だと思っていた。


 しかしそんなものは、千切りキャベツと一緒に噛み砕いて呑み込んだ。


「気持ち悪いんだって。」


 自分で言っておいて、吐きそうなぐらい気持ち悪かった。


「……照間、学校で何かあったの?」


 ハンバーグを箸で切り分けて口に運ぼうとしたその時だった。母の当たらずとも外してはいない言葉が、僕の胆をぎゅっと紐で括った。ハンバーグを掴み損ねて、思わず箸を揃えて茶碗の上に置いてしまったのは失敗だった。

 

「……ごちそうさま。」


「照間、待ちなさい。…………照間ッ!!」


 僕は急いで席を立って、ハンバーグの名残惜しさに後ろ髪を引かれながら逃げ出した。母親が腕を掴もうとしてきたが振り切って、僕は早々に自分の部屋へと戻っていった。乱暴に扉を閉め、すぐ隣にあった本棚をなぎ倒して開かなくした。部屋の鍵は工夫すれば簡単に開いてしまうが、扉が内側に開くのでこうしてしまった方が効果的だった。


 僕はとにかく重い物を本棚の前に積み上げて積み上げた。ガチャガチャとうるさいドアノブの音が聞こえないように布団を被り、真っ暗な世界の中に自分を閉じ込め蓋をした。


「照間、開けなさい!何があったか話しなさい!照間!……返事をしなさい照間!!」


 母親の怒声が扉の向こうから聞こえる。だがそれは何も怖いものではなかった。むしろ本当の事を話して、信じてもらえない事の方が怖かった。それよりもそのまま話をして、信じてもらう事の方が怖かった。僕は自分を肯定しながら否定して欲しかった。そうすれば、僕は許してもらえる気がしていた。


 母親の優しい怒声に嘘を吐いてしまう事が、今は何よりも怖かった。


 それが全部真実でなければ、僕は扉を開けられただろう。


 僕は母親の声が聞こえなくなるように、分厚い毛布を必死になって耳に押し当てていた。


………………。


 真っ暗な世界で瞼をぎゅっと閉じていると、いつの間にか視界が光り輝いていた。心なしか顔肌がしぱしぱする。今すぐ冷たい真水で顔を洗いたい。


「あのさ照間。ここに来るのは悪くないけど、逃げ込むのはよくないと思うよ?」


「……いいじゃないか。どうせ僕が来るのを待ってたんでしょ?」


 僕が尖った口調で言い返すと、三毛猫は大きな目を閉じてにっこりと笑って見せた。


「ねぇリベ、あれはなんなの?どうして石に掘った跡が、男の子の背中に浮かんだの?」


 僕が真剣なのが伝わったのか、ニコニコ顔のリベが固まって動かなくなった。リベは僕が怒っている顔がわかるみたいだから、あまり表情が顔に出ない僕にとってはやりやすい相手だった。


 ただそれは、僕にとっても同じだった。今から真剣な話をするよ、とリベのもふもふした顔から文字が浮かび上がった。


「……照間はいい子だから教えてあげようね!この世界には、実はもう一つ名前があるんだよ!」


「もう一つの……名前?」


 リベが出会った時から連呼している、「時間と空間に支配された世界」というのがこの世界の呼び名。それとは別にもう一つ?でもどうしてそんなことを今言うの?


「リトル・タイム・アナグラム。それがこの世界のもう一つの名前だよ!」


 リベはその名前を高らかに叫んだ。リトル・タイム・アナグラム、小さな?時間の?……アナグラムってどんな意味だっけ?小学生でも英語は習うけど、まだ簡単な単語しかわからない。


「ツギハギだらけの時間と空間、それがこの世界を作り上げているものなんだ!組み合わせは自由自在!その可能性は無限大!それは一見素晴らしいものだけれど、使い方がわからなければ全部タダのガラクタだよね!大きなごみは処分に困るし、放っておいていい物でもない。ここはそれが集まる場所!こんな夢のような世界が、本当はただのゴミ捨て場!夢がいっぱい不思議な幻想!だけどその正体は、犬も喰わない理想の墓場!ここで輝いている物はみんな、誰かがいつの間にか捨てた物の塊なんだ!」


 くるくると回るリベが握った杖から、きらりと輝いて出たのは綺麗な宝石。深緑に輝くそれはすぐに黒ずんで灰になり、その灰は風に運ばれて他の宝石を灰色の砂に変えていく。それはつまり、誰かが諦めた何かの一つが、誰かの大事な何かの輝きを奪ってしまう事を例えていた。


 なんて酷い話なんだ。僕は本当にこの世界が綺麗だと思っていた。でもそれは、現実でいろんな人が捨てた輝きだったなんて、それがこんなにも眩しいだなんて、まるで僕たちのいる現実が真っ暗みたいじゃないか。


 現実が真っ暗……それじゃあ……、


「それじゃ……あの黒ずんだ石は?」


「んお?あれかい?あれは「悪意」だよ!誰かの輝きを奪おうとする「悪意」の塊!命の中にある輝きが、何かの拍子に黒くなるんだ。そしてそれが外に漏れだせば、周りの輝きをどんどん奪って灰色にしていく。だから言ったよ?「ぶっ壊すと、面白いよ!」って!」


「そんなのちっとも面白くなんかないっ!!」


 僕はリベの言葉に被さるようにして咄嗟に叫んでいた。


「……んお?別に宝石の中にあるうちに宝石ごと壊してしまえば、黒いもやが漏れ出して周りを灰色にすることはないんだよ?」


「そうじゃない!だってあれ、あの石は「命」なんでしょ!?それを壊したら死んじゃうんでしょ!そんなの壊したって面白くないよ!」


 リベは素っ頓狂な顔をして怒鳴る僕をじっと見つめていた。僕は至って正しい事を言っているつもりだが、リベはそんな僕を、まるでおかしなことを言う子供を見るような目をしてとぼけていた。


「……そうだね、確かに石を粉々にしたら、石と繋がってる人は死んじゃうね。」


 リベは細目を真っ直ぐにしながら、うんうんと顎を揺らして頷く。


「で、それがどうしたの?」


「…………え?」


 そのまんまるの大きな瞳がじっと僕を見つめながら尋ねた時、僕はその意味が理解できずに硬直してしまう。


 大きな瞳はきょろきょろと周りを見渡しながら、時々僕の目の奥を覗き込もうとする。


「悪意が立ち込めた石を砕くとね、周りに散らばった宝石の屑が、他の宝石たちをより一層輝かせるんだよ。とっても綺麗だよ!照間にも見せてあげたいなぁ!……だからね、それが命であろうと、消えなきゃいけないものは消えなきゃいけないんだよ。みんなはそれで喜ぶし、照間だって嬉しいでしょ?」


 リベの問いかけに、僕は真っ向から首を振った。


「酷いよね、一生懸命描いた「かわいそうなぞう」の絵を気持ち悪いだなんて。誰だって笑顔で喜んでるぞうさんの絵を描きたいよね。でも「かわいそうなぞう」は、決して可哀想なんかじゃないはずなんだよ?一生懸命生きようとして、最後まで生き続けた象は、色んなことに悩んだり苦しんだりしている人達に、どんなに苦しくても諦めずに生きる事の大切さを教えてくれたよ。それをくしゃくしゃにして捨てるなんて、ましてや気持ち悪いだなんて、どうしてそんな事が言えるんだろうね?不思議だね。」


 リベは僕に素直になれと言わんばかりに僕の肩に手を置いた。


 「ぞうれっしゃがやってきた」と似たような話に、「かわいそうなぞう」という話がある。「かわいそうなぞう」の方は、確かみんな死んでしまった。毒も薬も効かない象たちは、食べるものも与えられずに餓死するのをひたすら待たされた。象たちは餌をもらうために必死になって芸を披露するが、飼育員さん達は泣く泣く象たちの最期を看取った。象たちは最後まで人間を襲わなかった。人間は襲われるから殺せと言ったのに。


 僕が描いた象は泣いていた。たぶんそれは、飼育員さん達からもらい泣きしたものだったのかもしれない。あるいは、僕が泣きたかったからだ。困惑こそしていたが、象たちは飼育員さんを恨んではいなかった。飼育員さんが泣いていたことが、ただただ悲しかったのだ。そんな象の気持ちが乗り移ったのか、僕の象は泣いてしまった。象は、最後まで飼育員さんが隣に居てくれたことが嬉しかったのだ。餌をくれずとも、きっと芸は褒めていたのかもしれない。象は怯えることなく死ぬ事ができた。あの涙は「嬉し泣き」だったから、悲しみが安っぽくなったんだ。


 それが丸めてくしゃくしゃにされて、挙句の果てに気持ち悪いと言われて、僕が描いたからなのか、もしそうだとしたら、僕はもう「ぞうれっしゃ」の象の絵を描きたくないと思った。


 でももし、リベの言う事が本当なら、僕はあの澄んだ蒼色のクラスターをぶっ壊してやりたい。


「あはは!凄い顔してるよ照間!はいこれ鏡!」


 リベに差し出された鏡には、おおよそ子供とは思えないような、よくテレビに映る黒い布で覆い隠された人のような形相をしていた。こんな顔をしている人なら、誰かを殺していても変だとは思わないだろう。


「どうする照間?ぶっ壊しちゃう?この世界はね、僕たちみたいなお話ができる存在が一番強いの!次にお話しできないやつ、次に自分で動けないやつが弱いんだ!強い奴が弱い奴を虐めるのは当然だね!楽しいね!」


 リベはまるで格闘技の観戦に来ている客人のようなテンションで、僕の周りをぐるぐるしながら変な踊りを踊っている。僕の手にはいつの間にか、人一人殺せそうな大きさのハンマーが握られていた。僕は決意して、澄んだ蒼色の水晶へ向かう。


 その直後だった、世界が大きく揺れて立ち上がっているのが難しくなる。僕はそのまま転んで身体を打ち付けた。


「あ、やべ、来ちゃった。」


「来ちゃった?……って何が?」


「気を付けて照間!「悪意」が暴れ出すよ!」


もう一度、大きな揺れが世界を襲う。態勢を崩して膝をつくと視界が動き、それの一部が動いた瞬間を見た。


真っ先に飛び込んできたのは光、色とりどりなそれが見境い無く体を透過していく。しかし瞼は閉じることなく、飛び込んできた光が景色を焼き焦がす景色を見つめていた。


 トカゲ、とはまた少し違う。丸い頭に幾何学的な模様が浮かび上がるそれは、鋭い牙で宝石を噛み砕き、その大きな体で粉砕しながらこちらへゆっくりと向かってくる。ばくり、と開いた大きな口が、確かに僕らに狙いを定めて黒い渦を巻いていた。


「なにあれ……なんであんなのが……。」


 呆然と立ち尽くす僕にリベが叫ぶ。


「照間!君があれを倒すんだ!あれがこの世界を壊してしまったら、君の世界がどうなるかわからない!」


「えっ……僕が?あいつを?」


「そうだ!君にしか倒せないんだ!さぁ、世界を救うんだ!」


「世界を……うん、わかった!」


 言われるがまま英雄気取りになった僕は、やはりどこからともなく現れた勇者が持っているような剣を握って、震える足を大股に開いて腰を落とし、大怪獣と対峙する。


 あの宝石がみんなだって言うなら、あの怪獣を放置すれば、もしかしたらみんなが死んでしまうかもしれない。僕はなんとしてもあれを止めなくてはならないと言う使命感を背負っていた。


 怪獣の大きな手が僕に迫った。僕はその掌を手首から指の付け根に向かって勢いよく斬り上げる。怪獣が泣き叫び、痛みにその場を荒らしながら悶える。気をよくした僕が怪獣に斬りかかると、怪獣は成されるがまま斬りつけられ、痛みに悶えて砂煙を巻き上げる。


「……あ、言い忘れると照間怒るから、一応だけど言っておくね!」


 僕はリベの言葉に耳も貸さず、僕は最後のトドメに怪獣の首を目がけて剣を構えて飛びかかった。


「それ、君が大切に思ってる女の子。」


 聞き逃してはいけない言葉が耳に入った時、僕はリベの指の示す方向を見て、横払いに剣を振り抜く動作を止めていた。


 怪獣が、しくしくと泣きだし始める。


「……舞、ちゃん?」


 怪獣は返事をしない代わりに、周りにある宝石を大きな腕で薙ぎ払い始めた。甲高い音を響かせながら次々と色とりどりの宝石が砕けていく。


 僕はなぜだか、その場に呆然と立ち尽くしてそれを眺めていた。


「あれ?どうしたの照間、このままじゃみんな死んじゃうよ?」


「……待ってよリベ、僕はどうしたらいいの?」


「簡単さ!あれをぶっ壊せばいいんだよ!あれは「悪意」の塊なんだから、みんなの害なんだから壊してもいいんだよ!」


「でもあの怪獣は……舞ちゃんなんでしょ?」


「そうだよ?でもしょうがないね!このまま放っておいたら、照間の世界が大変なことになるよ!」


「でもそうしたら……舞ちゃんはどうなるの?」


「んお?まぁ、無事じゃ済まないよね!」


「そんなのできるわけないでしょ!何か他に方法は無いの!?」


 僕は剣をどこかにおいて、宝石を粉々にしながら暴れる舞ちゃんの怪獣を背に、リベの肩を掴んでその大きな瞳に訴えていた。


 舞ちゃんは絵を取り戻してくれた。僕の事を心配してくれた。だから傷付けるなんてできない。他に方法があるならそうしたい。舞ちゃんを傷付けたくない。


 だけとリベは、そんな僕に深い溜め息を吹きかけた。


「照間、その子はね、照間の絵が原因でああなったんだよ?その子は照間の絵が好きだった。だから照間が自分で絵を破り捨てた時に、凄く後悔して怒ったんだよ?それがあれなの。あの子は照間のせいでああなったんだよ?君は我が儘だね。君を傷付けた子を壊すのは違うと言うくせに、君のせいでああなった子は知らんぷり。君は優しいね、でもその優しさがあの子をああいう風にしたんだよ?あの子は可哀想だ、これからもずっと君の為に苦しむんだね。可哀想だよ、うん。」


 僕は愕然とした。リベに何も言い返せない自分が、それでも悪い事をしたと思えないでいる。舞ちゃんは僕の為にああなった。舞ちゃんは僕の為に、僕を傷付けるものを壊してる。それなのに僕はやめて欲しいと思う。じゃあ舞ちゃんはどうすればいい?僕がいじめられるのを黙ってみていればいい?僕が自分の絵を破り捨てるのを、何度も何度もただ見ていればいい?僕が舞ちゃんだったら、それは絶対に嫌だった。


 僕は優しくない。ただ傷付けるのが怖いだけだ。誰かを叩くと手が痛いから、痛い思いから逃げているだけだ。誰かが代わってくれるから、それでいいと目を逸らしただけだ。その誰かが苦しんでいる事を、耳を塞いで見ないようにしているだけだ。


 僕は臆病だ。舞ちゃんは臆病な僕のせいで苦しんでいるんだ。


 僕は最低だ。僕のせいで苦しんでいる舞ちゃんに、苦しまないでなんて言えるんだから。


 僕は怪獣の前に立った。何も持たず、何も言わず、何も思わず、ただそこに立ち尽くした。怪獣の大あごが、ゆっくりと僕に迫ってくる。


 僕は、怪獣の大あごに噛み砕かれた。世界に散らばった僕は色んな世界を見ていた。赤、青、白、黒、緑、橙、黄色、彩りが散らばる世界が粉々になっていくのを、僕も粉々になりながら眺めていた。まるで世界が何千個も増えたみたいで、僕はその景色に心を奪われていた。そして全てが床に溶け込んでいくまで、僕は粉々になった世界を呆然を見つめていた。


「あーあ、砕けちゃった。でも……あはは!楽しいね!面白いね!綺麗だね!良かったね照間!あはは!あははははははは!」


 ゆっくり暗くなっていく宝石の世界と、愉快に高笑う三毛猫の姿を見送りながら、僕の悲しみに満ちた夜に少しづつ光が差していく。


 はっと目が醒めた時、着の身着のままだったビショビショの服に、小さく細々とした体が凍えるように震えていた。

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