第四章 卒業1
松の内も過ぎ、お正月気分もなくなった真冬の校庭、部活に勤しんでいるのはテニス部などの運動部に限られていた。
大きなにれの木の下に凛と直はいなかった。凛をはじめ3年生は学園祭が終わるとしばらくして部活を引退し、フルートパートは直だけが校舎の廊下で窓に向かってロングトーンをしていた。
「寒い!」金属のフルートはいくら息を吹き込んでもなかなか温かくならなかった。それだけ気温が低かった。手袋をすることはできない。
「なお!がんばってる?」
直の背中を掴んだ手があった。振り返ったそこに加羽沢浩子がにこにこして立っていた。
「ヒロ先輩!」直も笑顔で返した。
学園祭の日に吐血した浩子だったが、懸命な治療のおかげと浩子の体力もあって危機を脱し、それからは奇跡的な回復に向かっていった。
主治医の朝倉も驚いた。最後の手段の骨髄移植も必要なくなった。
そして年が明けて浩子は退院。しばらく自宅療養し、通院しながらの治療となり、新学期から復学もできるようになったが、当然2年生からやり直す事になった。
「4月からは同級生だね、直」
「やめてくださいよ、先輩は先輩です」直は眉をひそめて言った。
「私が元気になれたのも、凛のお父さんや和子さん、恵子さん、そして凛と美津、直の励ましのおかげだよ」
浩子は直が楽器を置くのに使っていた椅子に座りながら言った。
「そうですかあ、私って泣いてばっかりで相当病院に迷惑かけていないかなあ」
「そんなことないよ、うれしかった、和子さんも『あの子ら、ええ友達やなあ!』って言ってたよ」
「恥ずかしいですう」直が赤くなった。
「先輩はクラリネットに復帰ですね」
「そうだねえ、でも1年以上吹いてないから相当練習しなくちゃ」
「でも、先輩が元気になってよかった」
「ありがとう、私も同じだよ。ところで、朝倉先生に聞いたんだけど、私と直って白血球の型がほとんど同じなんだって!」
「そ、そうなんですか。そういやあ和子さんに頼まれて血液検査したけど忘れてました」
「学祭の日に倒れて大変だったけど、あのままなら直から骨髄移植したかも知れなかったんだよ」
「へええ」直は今更大変な事実を聞かされたが、もうひとつピンとこなかった。
「いつか、私がまた悪くなったらその時は助けてね!」
「はい!もちろんですよ!」
直がそう言うと浩子は直の元を離れて廊下を歩いて行った。
学園祭が終わった後、吹奏楽部は執行部が交代した。
現2年生を中心に選抜され、部長にはクラリネットのパートリーダー、島津栄に決まった。島津は入部した頃からテクニックも優秀でリーダーシップもあり、大人数のクラリネットパートをまとめあげていた。推薦したのは美津だったが誰からも異論は出なかった。
また、顧問の小林の要請で1年生の和田音がコンサートマスター兼副指揮者に就任という異例の人事もあったが、和田の実力とキャリアには納得せざるをえなかった。
「直、しばらくはひとりで頑張れる?」
秋も深まり、冬になろうとしていたある日、大きなにれの木の下で凛と直はいつものように練習していたが、凛が一緒に練習できるのはこの日が最後となった。一応フリーになるから空いている時は下級生の練習を見てあげるのも可能だったが、けじめをつける意味で凛はこの日で終わりと決めた。
「さみしいな」
直がぽつりと言った。
「わたしもだよ」
凛からそんな言葉が出る事を直は意外に思った。練習の時、直には妥協せず厳しい凛だったから「そんなこといわずにがんばりなさいよ」とでも言うかと思っていたからだった。
「ほんと?」直は凛にまるで友達に言うかのように言った。
直 〜なお〜 有川 景 @kei-arikawa
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