第三章 もうひとりの吹奏楽部員 5 学園祭6

直たちはステージを終えて部室に戻った。

「やった!」

終演後、拍手喝采を受けてボルテージは上がりきっていた。

「凛先輩」

すぐそばで楽器を手入れしていた凛に直は声をかけた。

「直、おつかれさま。終わったね、今日は一番良かったよ」

凛が微笑みながら言うと、直の胸の中に熱いものがこみあげてきた。

「凛先輩と、先輩と、もう…」

直はぽろぽろ涙をこぼした。凛がぎゅっと肩をつかんだ。

「すぐ泣くんだから、仕方ないねえ」

凛も本当は泣きたかった。


直のスマホが鳴った。

一万田和子からだった。

〝そうだ、浩子先輩、喜んでくれたかな?その電話かな、でも和子さんから?〟

直は廊下に出てスマホの着信をタップした。

「はい!直です」

元気よく出たが和子の言葉を聞いて青ざめた。

「え…うそ」

直の手が震えた。

「わ、わかりました。先輩達と行きます!」

直はスマホを切ると部室に駆け戻り、凛の元へ走った。

「直、どうしたの?真っ青だよ」

「浩子先輩が、ひ、浩子先輩が、血を吐いて倒れたそうなんです!」

「ええっ?」

凛はすぐさま美津を呼び、三人で廊下に出た。

「先輩!直ぐに行きましょう!」

直はいてもたってもいられない様子で訴えた。

「直!落ちつきなさい!私たちが駆けつけてもヒロには会えないはずよ」

凛は父の仕事を見ていたから状況がわかっていた。

駆け付けたとしても、浩子に会うことはできない。

じゃあこのまま帰宅して回復を祈るしかないのか?

凛の心の中で葛藤が渦巻いた。

目の前では直がオロオロしている。

「美津、まず小林先生に報告しよう。駆け付けたい気持ちはあるけど、勝手なことはできないわ。先生に判断してもらって、病院に行くかは決めましょう」

凛は落ち着いた声で美津の腕を掴んだ。美津はうなずいて踵をかえして走っていった。

「せ、先輩…」

「直、多分病院では父が懸命に治療しているはずよ。信じようよ、ヒロは治るって!」

直はぐすんぐすんいいながら落ち着きを取り戻してきた。

美津が戻ってきた。

「どうだった?」

「先生、ヒロのお母さんから電話があって知ってたよ。今は集中治療室だって。血は吐いたけど危険な状態ではないようだよ」

危険は脱したことを聞いて直はホッとした。

「そっかあ、じゃあ無理かな?」

凛は残念そうな顔をした。

「ううん、先生は私たちの気持ちをわかってくれた。行ってもいいって、ただし絶対に邪魔にならないようにって」

三人は学校から駆け出した。

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