第三章 もうひとりの吹奏楽部員 5 学園祭5

 秋の爽やかな青空がどこまでも高い日曜日。

 第三高等学校は学園祭でにぎわっていた。それぞれのクラスが知恵を出し合って企画した模擬店や普段の活動を展示するクラブで校内は華やかだった。

 直は午後3時からのステージを控えて緊張していた。それはコンクールとはまた違っていた。

「浩子先輩、ちゃんと見てくれるかなあ」

 直は総司の協力のもと、前日に病室の浩子に学園祭の模様を中継する準備を終えていた。一万田和子に事情を話し、快く協力してくれたのだった。

「直、あんたええ子やなあ。そんなハイテク、うち知らんかったわ。まかしとき、ちゃんとやっとくさかい、あんたはしっかりがんばっといで!」

「はい!あ、ありがとうございます!」

 直は和子の言葉に思わずポロポロ泣き出した。

「あんた、すぐ泣くねんなあ」

 和子は直の頭をなでて笑った。

「あ、あ、すいません」

 直は総司から預かったiPadを和子に渡した。

「浩子ちゃんに渡すだけでええんか?」

「はい!浩子先輩にもメールで伝えてますし、先輩も操作の仕方はよく知ってるみたいですから大丈夫です!」

「よっしゃ!」


 浩子は抗癌剤治療のため、直が病室に入れなかったのだった。



「直、キャンディー、どう?」

 凛がレモンのキャンディーを直の手に渡した。直は緊張がすこし緩んだ気がした。

「先輩、最後の学園祭なんですね、私は最初ですけど」

「そうだねえ、留年したら来年も出られるけどね」

 凛がいたずらっぽく言うと直は少し怒り気味に言った。

「先輩!そんな冗談はやめてください!私、先輩に立派な音楽家になって欲しいのに!」

 凛があわてた。そんな真顔の直を初めてみた。

「あ、ああ、ごめんなさい。冗談、もう言わないよ」

「すいません、ちょっと言い方きつかったですね」

 凛は泣き虫の直の本気を見た気がした。


「吹奏楽部のみなさん!そろそろステージ横に移動お願いします!」

 進行の生徒会役員が声をかけ、全員が立ち上がった。

「さ、直、頑張ろうね。楽しも!」

「はい!」



 体育館の客席で総司と真奈美が並んで吹奏楽部のステージを待っていた。総司はiPhoneをジンバルに固定して構えていた。

「いよいよだな、おかあさん」

「そうね、お父さんのアイデアに感心したわ」

「親バカかなあ」

「ふふ」



 浩子は病室のベッドの上で抗癌剤の点滴を受けながら上半身を起こしサイドテーブルに置いたiPadを見つめていた。

 2時58分、画面に受信を知らせるアイコンが現れ、「フェイスタイムを受信しますか?」のシグナルが現れた。

「来た!」

 浩子は受信を受け入れた。

 12.9インチのiPadいっぱいにステージが鮮やかに映し出された。

 音声はワイヤレスのステレオイヤホンで聴くようにしていた。



「浩子先輩、一生懸命演奏しますから、聞いてくださいね」

 直は心の中で浩子に声をかけた。


「ステージは吹奏楽部の演奏です。テーマは『響け!わたしたちのサウンド』です。どうぞお楽しみください!」

 放送部のアナウンサーの進行でステージは始まった。


 コンクールの課題曲、自由曲から始まり、ポップス、アニメの曲など、よく知られた曲目を中心に演奏していった。

 浩子はその模様を頷きながら見つめていた。

「うん、うん、すごいなあ。楽しそう」


 ステージが終わろうとした時、浩子をめまいが襲った。

「ええ、なに?」

 がっくりと力が抜け、意識が遠のきそうになった瞬間ナースコールを押した。

 胸のあたりが焼けつくように熱くなった。

「げほおっ!」

 白いシーツの上に真っ赤な血を吐き、倒れ込んだ。


 すぐに一万田和子と松浪恵子が飛んできた。


「ひ!ヒロちゃん!」

「あかん!松浪!先生呼んでこい!」

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