第三章 もうひとりの吹奏楽部員 5 学園祭4
学園祭の本番は3日後になった。
毎日が合奏練習であったが、コンクールのような緊張感はなく、どちらかといえば楽しい雰囲気だった。小林も和田も楽しく演奏する気持ちを大切にしながらサウンドを仕上げていった。
練習時間も30分延長し、5時半までとなった。
校内は模擬店の準備や軽音楽部、演劇部、ダンス部などそれぞれの部が本番に向けて仕上げの段階となり、生徒全員が忙しく走り回っていた。この期間だけは授業が終わるとさっさと帰宅する生徒も最後まで残っていた。
直は病院での出来事が辛くて、あまり楽しく演奏できなかった。
合奏練習が終わり、楽器を片付けていると、凛が直の肩に手をあてた。
「直、元気ないよ。まだ気にしているの?」
直はすぐに返事ができなかった。
「やさしいんだね」
凛の言葉に直は振り向いた。
「やさしい、ですか?」
「直がヒロのために泣いてくれたり、落ち込んだりするのをみていると。やさしい子だなあって思ったの」
「そうですか、なんか、わかんないです」
「ヒロのためにも、直が元気にならないと」
「そうですね、でも、なかなかです」
直はフルートをクロスで磨きながら下を向いていた。
凛はそれ以上何も言えなかった。
「君もやってくれるねえ」
朝倉が報告書を右手で見ながらため息をついた。その前で和子が立っていた。
「先生、私あかんことしたん、ようわかってます。でも、浩子のお見舞いに来ていたあの子を見たとき、なんか感じたんです。そら、年齢のことも知ってました」
和子はゆっくりと言葉をつないだ。
しばらく沈黙が続いた。朝倉は何を考えているのか、和子には時間が重かった。
ようやく朝倉が口を開いた。
「まあ、結果はまさかのドンピシャだったんだ。僕も気持ちが変わったよ」
「え?」
「法律上、骨髄移植は無理だ。親族でもない限りな」
「そうですよね」
「でも特例ってこともあるしな」
「そんなんできますのん?」
「ちょっと厚生省にも掛け合ってみるよ」
「ホンマですか?」
「ただ、採取のリスクもあるし、何よりも本人と保護者の同意が最優先だ」
「そら、わかってます」
「少し時間をくれ」
「わかりました」
和子は頭を下げて、朝倉の前から離れた。
廊下に出た和子は小さくガッツポーズをし、「やった!」と笑顔を我慢できなかった。
「直、いい方法があるぞ!」
直は学園祭に浩子を参加させることに失敗したことを、夕食の時に話した。すると、総司がピンと来て言った。
「お前の持っているiPhoneに〈フェイスタイム〉という機能があるのを知っているか?
「え、何それ?」
「テレビ電話だよ、病室の彼女に学園祭を中継するんだよ」
「え!そんなことできるんだ!」
「彼女がiPhone持ってるか知らないが、持ってなかったらお父さんのiPad貸してやるよ」
「でも、電話代かかるよう!」
「今時、病院だってwi-fiくらい飛んでるだろ、大丈夫、そうでなくてもそれくらいの通話料くらい気にするな」
「学園祭、日曜だろ、お父さんが中継してやるよ」
「お、お、お父さん!あ、ありがとう!」
直は右手に箸を持ったまま立ち上がり、ガッツポーズをした。
「直!お行儀が悪いです!」
真奈美が諭したが、直の笑顔は止まらなかった。
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