第20話 黒い噂・1
南口から駅の構内を走りぬけ北口の階段を駆け下りる。
そこは一見、繁華街に見えるが一本裏通りに入るとそこは風俗店やラブホテルが立ち並ぶ歓楽街だった。
道の両側はネオンや電飾が光り輝き店の前では店員が呼び込みを行っていて。
そんな声を一切無視して全身の神経を張り詰める。それは裏路地を這いずり回る鼠の足音も聞き逃さない程に。
しばらくすると、左手の路地で2~3人の未成年らしき男が俺を見て何かを言っているが僅かに聞こえた。
「あいつ、藤高の例の転校生じゃねえか?」
その声に反応して俺が振り向くと、俺の視線に気付いたのか顔を逸らして路地の奥に歩き出した。
それを見て俺が路地に向うと男達が走り出した。
次の瞬間、俺は1人の男の胸倉を掴んで腕を男の喉元に押し当てて押さえ込んでいた。
単純明快、至極簡単な事で俺は人ではないのだから。
数メートル先を走る人間に追いつく事な簡単な事だった。
仲間を呼ばれると面倒だったので他の2人は動けない程度に痛めつけて少し大人しくしてもらっている。
「単刀直入に聞く。藤高の月ノ宮七海を知っているな」
「し、しらねぇ」
「俺の事を知っていて七海を知らないわけないだろ」
押さえ付けている腕を少し持ち上げると男が堪らず爪先立ちになった。
蛇の道は蛇、地の事は地の奴に聞くのが一番早い。
生徒会長達ならまだしも七海のお姉さんの耳にも噂が流れていると言う事はかなり知られていると言う事を意味する。
「なめんな!」
痛め付け方が足りなかったのか蹲っていた1人の男が叫びながら俺に向ってきた。
少し目をやり後ろに足を蹴り出す。
ほんの少し声を漏らし男は蹴り飛ばしたボールの様に後ろにあったゴミ箱をなぎ倒して動かなくなり。
掴み上げている男が生ゴミ塗れになり動かない仲間を見てガタガタと怯えだし、少し腕を下ろすと男が話し始めた。
「しゃ、喋るから、は、離してくれ。七海って女はたぶん真田の所だ」
「真田? 何処にいる」
「真田達は、この先のホテル街でリーマン狩りや売りをやっているよ」
「真田の特徴は?」
「女2人に男2人のグループだ。真田は赤い髪をした小柄な女だ。仲間の1人の男は背が高くって金髪だから直ぐに判るはずだ」
少しだけ質問をして手を離すとゴミ塗れの仲間を見捨てて逃げてしまった。
薄情なものだ、置き去りにされた男の様子を見ると肩で息をしているので生きてはいるようだ。
俺が聞いたのは知らない言葉があったからで。
リーマン狩りはサラリーマンなどを標的にして女の子を使って呼び出し、ホテルに連れ込んでから襲撃するらしい。
そして売りは援交=援助交際つまり売春の事だった。
教わったとおりに歩いていくと歓楽街の奥の方にはホテルが立ち並んでいた。
少しすると派手なホテルの前の薄暗い小さな公園に男2人と女2人の姿が見え、その中の男が長身で金髪だった。
近づいて歩いていくと僅かだが声が聞こえる。
「七海も馬鹿だよな、利用されてんのに。わかんねえかな、普通」
「そろそろ、じゃねえ」
「バーカ、まだ入ってねえよ。鳴らねえもん」
「今日はやっちゃう?」
「あいつが? 無理無理、男に抱きつかれて白目剥いちゃうんだぜ」
「キャッハハハハ……」
胸糞悪い言葉遣いで笑いながら喋っているのが聞こえ一気に頭の先まで熱くなる。
こいつらが真田達だと確信して公園の中に足を踏み入れると、金髪の男が気付いて立ち上がり向ってきた。
「なんだ? てめぇ?」
「七海はどこだ?」
「教えるか、バーカ」
男の身長は俺より遥かに高く空手か何かの心得があるのだろう体格ががっしりとしている。
そんな事に構わずに再度聞いた。
「七海はどこだと聞いているんだ」
「なめんのもいい加減にしろや! 死んでみるか? 僕ちゃん? ああん」
そう言いながら金髪の男がいきなり俺の首に手を掛けてきた。
すでに冷静で居られる状態じゃなく、透過させるなんて生易しい事はせずに男の手首を掴む。
「俺に力で敵うと思っているのか?」
男の手に力が入り、首が締め付けられる。
少しだけ息苦しくなった瞬間に爆ぜる様な音がして金髪男の顔が歪み俺の首から手を離して手首を左手で押えている。
リミッターが外れた俺の握力で骨が砕けたのだろう。
つかさず前に出て屈みながら男の懐に飛び込み男のわき腹に拳を叩き込んだ。
拳が男のわき腹に完全に突き刺さると男の体が不恰好に前かがみになり頭の上からうめき声が聞こえる。
拳を引き抜き一歩引いて泡を吹いている男の顎に向かって腕を突き上げ掌底突きを叩き込む。
顎の骨が砕ける音がして男の体が浮き上がり綺麗に放物線を描きながら背中から地面に落ち。
体をピクピクと痙攣させながら口から胃の内容物と鮮血をダラダラと垂れ流していた。
「こ、こいつ藤高の転校生だ!」
俺も数日で有名になったものだ、数メートル先で踵を返して逃げ出そうとする男を見て足を踏み出す。
あっという間に間合いを詰めて男の顔面に裏拳を叩き込む。
男が咄嗟に避けるが何かが潰れる様な手ごたえがあった。
男の顔を見るとブルブルと震えながら鼻を押えてはいるが、手の間からボタボタと血が垂れている。
男に向かい1歩踏み込むと「や、や、やめてくれ!」と叫びながら頭を抱え込んだ。
「ふざけるな!」
そう叫びながら体を回転させ回し蹴りで踵を男のわき腹に叩き込むと骨が砕ける感覚が伝わってくる。
男が横に吹き飛んで転がり落ち悶絶しながらのたうち回っていた。
女2人に目をやるとガタガタと震えながら声も上げられないでいた。
「七海はどこだ?」
「し、しらないよ」
「なら判るようにしてやる」
「真田、逃げて!」
俺が2人の前に向うと1人の茶髪の女が叫んで俺に向ってきた。
手の甲で掃い飛ばすと弾き飛ばされた小石の用に転がって白目を向いてピクピクと体が痙攣している。
それを見た赤い髪の真田と呼ばれた女は腰を抜かしてして震えている。
真田の前まで歩いてしゃがみ込み顔を覗き込んだ。
「こ、殺さないで」
「七海はどこだ?」
「ほ、ホテルに入ったら、れ、連絡が来るから」
「連絡がきたら直ぐにホテルから出るように言うんだ。余計な事は一切言うな」
「う、うん」
そこで真田の携帯が鳴りガタガタと震える手で携帯に出た。
「七海、部屋に入ったのか? 判った。今日は中止だ。直ぐにホテルから出て」
真田がそれだけを言って携帯を切った。
「どこのホテルだ?」
「直ぐそこの、ホテル夢の中」
「七海は売りをしているのか?」
「し、していない。れ、連絡が来たら直ぐに襲うから。それにあいつは男に抱きつかれると失神するから売りは出来ない」
「本当だな」
「嘘じゃない」
ボロボロと涙を流しながら頷いている、深呼吸しながら立ち上がりホテルに向おうと真田に背を向けるとナイフか何かを出して向ってきた。
振り向き様に女の腕に手刀を叩き込むと鈍い音がして腕が逆への字に折れ、甲高い金属音がしてナイフが地面に転がり落ちる。
瞬間の事だったので痛みを感じないのか真田が唖然としていた。
「今の話は嘘か?」
俺が睨みつけるとブルブルと首を横に振った。
「これは教えてくれたお礼だ」
そう言って真田の鳩尾に貫手を打ち込むと体が跳ね上がり。
声も上げる間なく気を失ってぐったりとして、地面に糸の切れたマリオネットの様に崩れ落ちた。
初恋[幽霊の時] 仲村 歩 @ayumu-nakamura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。初恋[幽霊の時]の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます