第2問 アイドル

 彼女の朝は、他の誰よりも早く、彼女の夜は、他の誰よりも遅い。彼女は誰よりも勤勉で、努力家で、そして正確だ。


 今日の彼女は、一日六公演というタイトスケジュールらしい。聞いただけで目が回りそうだ。

 彼女が出演するライブでは、公演のたびにセンターが変わる。毎回違うメンバーがセンターに立つのを見られるのは、ファンとしてはうれしいことだろう。

 あれだけ努力家の彼女なのだから、彼女がまだセンターに立ったことがないと聞いて私は心底驚いた。彼女自身は、正直なところどのように感じているのだろうか。思い切って質問した。

「センター・・・ですか・・・。センターに立つメンバーを見てると、なんていうか、やっぱり自分とはオーラとか、そういうのが全然違うなって、思うんです。実際ファンの皆さんは、ライブの大半の時間はセンターを見つめています。わたしの方を向いてくれる方は少ないんです。

 わたしのことを見てくれる方は、うれしそうな顔をしてくれることもあります。でも、つまらなそうな、がっかりしたような顔をしている方も多いです。ファンの皆さんを楽しませることができていないのは、わたしの努力がまだまだ足りていないからだと思います。だから、センターになれないのは、当然だと思っています・・・もちろん悔しいです。

 でも最近、ちょっとだけファンの皆さんがわたしを見てくれる時間が長くなってきた気がするんです!特に、ライブの終盤なんですが、皆さん期待を込めた目でわたしのことを見てくれるようになりました。もっともっとファンの皆さんに期待してもらえるようになって、認めてもらって、いつかはセンターに立ちたいですね。」


 会場には、続々とファンが集まり始めた。彼女は、なんとすでにステージに立っている。これはいつものお約束らしく、ファンたちは特に驚いた様子を見せていない。きっと、彼女なりの努力なのだろう。

 彼女は、見るたびに様々な角度を見せてくれる。360度、いろいろな角度の彼女を見られるのは実に興味深い。これも、ファンを飽きさせない工夫なのだろう。


 彼女がきれいな角度でポーズを決めた。同時に、会場中に音楽が高らかに鳴り響く。ついに、センターのメンバーが登場し、ステージの中央に立った。先ほどまでざわついていた会場内は一瞬にして静まりかえり、全員の視線がセンターへと注がれている。

 ファンたちが一斉に立ち上がった。ここから一気に大歓声で盛り上がる、かと思いきや、ステージ上のメンバーも会場のファンも一斉に礼をした。どうやら、礼儀を非常に重んじるライブらしい。礼をすると、ファンたちは元の通り座り、静かにセンターを見つめた。

 ファンたちは、センターの一挙手一投足を真剣に見つめている。私は、こんな風に静かに観賞するライブというのを初めて見た。盛り上がりには欠けるが、これだけ静かだとメンバーのパフォーマンスを周りの雰囲気に惑わされたりせずに味わうことができる。これはこれで、新鮮で良かった。

 ふと、彼女の方を見た。相変わらず、彼女は自分の役割を正確に、きっちりとこなしている。視線をセンターに戻すと、なんだか少し睨まれたような気がした。私が彼女の方を見ていたからだろうか。このセンターは、自分だけに視線が集中していないと不機嫌になってしまうタイプなのだろうか。


 ライブは終盤に差し掛かった。先ほどから、まわりのファンたちがそわそわしている。皆、ちらちらと彼女の方を気にし始めたのだった。確かに彼女の言う通り、ライブが終わりに近づくにつれて彼女は注目をあびていく。

 彼女が再び、美しい角度でポーズを決めた。会場全体が音楽に包まれ、ライブの終わりを告げている。彼女によってライブがコントロールされている。なるほど、彼女はセンターではないが、ライブには不可欠な存在のようだ。

 センターは、彼女の方を振り返った。やりきった、とアイコンタクトで達成感を共有しているのだろうか。

 ファンたちは一斉に立ち上がり、礼をした。最初から最後まで、礼儀正しいライブだった。


 ライブが終わっても、彼女だけはまだステージにいる。ファンとの交流を大切にしているのだろうか。私は、ファンの言葉に耳を傾けた。

「六年間、俺は一度も休んだことがないんだ。それだけが自慢」

 六年間も休まず通うとは、驚きの熱狂ぶりだ。

「あー、もう次はじまっちゃうよ。次はなんだっけ?」

 本日二回目の公演にも参加するらしい。

「次は算数のテストだよ」

「わ、やべっ、忘れてた」


 彼女が再びきれいな角度でポーズを決め、会場には音楽が鳴り響いた。

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なぞなぞ文学 汐凛 @silentgirl

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