私、書籍化作家になります!
「前回より、売り上げが20%低下しています」
無機質な声が、壁に埋め込まれたスピーカーから聞こえた。画面下に表示されたアバターはにこやかに笑っているが、しょせん自動生成された表情に過ぎない。
「アンケートによると、花がない、ありきたり、などのネガティブな意見が多いですね」
人工音声で応答したのは、編集者型人工知能、ウィリアムだった。人間の編集者がつくのはごく一部の書籍化作家に限られていて、末端の作家はこうして人工知能を相手にする。
「でも、でもさあ、私は過激な要素がない話が書きたくて……」
エログロだって立派に表現の一部だが、どんな人でも安心して読めるような作品が世の中には必要だ。私はそこを譲りたくはなかった。
私は、高速タイプが可能なように改造したキーボードに突っ伏す。
世界中の小説が電子化され、空前のペーパーレス時代になった今。図書館はネット世界のアナログアーカイブと化し、スペースの問題から紙の本として残されるのはごく一部の作品だけになった。
国民の10人に4人が電子出版をする時代。彼らが目指すのは、本が書籍化され、図書館に並ぶこと。
かくいう私も、その一人だった。
売り上げが良くなくても仕事には行かなければならない。給料分を越えないようにのんびり働くのがこつだ。そうでないと家に帰って小説を書いている暇がない。
コンピュータを立ち上げ、自分のアカウントにログインすると、モニターのすみに小さな吹き出しが出ていた。
「結崎さん、日記更新してる」
結崎さんは大学サークルの印刷図書研究会の先輩だった。いらぬ偏見を受けやすい私をよくかばってくれた人だ。
この時代日記というとウェブ上に公開されているものを差す。たいていの電子書籍サイトには、連動する日記サービスがある。
クリックして日記にたどり着くと、記事にはタイトルもなく、ただ一言だけ文章が書かれていた。
『こうするしかない。許してほしい』
「え?」
そうつぶやいたとき、モニターに速報ニュースが割り込んでくる。
「速報です。小説家の結崎忍が電子書籍大手、セシャト本社前で焼身自殺を図りました」
「へ?」
「意識不明の重体です。彼はセシャトの足切りにあい、会社を恨んでいた模様……」
ショックで頭がくらくらする。確かに結崎さんの小説は、最近売れていなかったらしい。でも……。
足切り、それは電子書籍サイトから「売れない」という烙印を押されることだ。ランキング上位の作品は、資料などの経費を負担してもらえたり、広告を打ってもらえたりする。結崎さんはそこから転落したのだと思う。
彼のやったことは許されることではない。けれど、創作者にとって、自分の作品が足切りにあうのは相当ショックなできごとなのだ。
本業の事務員の仕事も身が入らず、何度かトイレにこもって泣いた。webテレビはセンセーショナルな報道を繰り返し、私はしばらくテレビを見ることができなかった。
結崎さんの死のショックから立ち直れてはいないけれど、書き続けなければランキングが下がってしまう。久しぶりに中心町まで出て、資料を探すことにした。
ずらっと並べられた板型端末に、それぞれ電子書籍のプロモーション映像が流れている。客はそれを見て電子書籍を購入する。電子書籍社会で本屋がかろうじて生き残ったのは、同時に本にまつわる展示を行ったり、作家のイベント会場として場を提供したりといった、書店員の工夫のたまものだ。
電子書籍スペースの5分の1しかない紙の本のコーナーを見ると、ぎょっとした。
そこには結崎さんの本があったのだ。
「嘘」
モニターに、悲しげなピアノ曲とともにPOPが表示されていた。
「非業の作家、初の書籍化」
いたたまれなくなって、何も買わずに店を出た。
体を引きずるように家に帰って、ウィリアムを呼び出した。
「どうしてなんだろう」
「書籍化を決めるのは私ではなく人間ですので。その動機はわかりかねます」
「そうだね……」
ウィリアムに聞いてもどうしようもない。それでも誰かに、無念を聞いてほしかったのだ。独り言のようなものだけれど、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「書かなきゃ」
デスクからキーボードを取り出すと、私は打ち込みに取りかかった。
長年取りかかってきた長編を改稿しようと、タッチペンで画面に書き込みをしていたとき、コンピュータに音声チャットがかかってきた。マイクをとって応答する。
「はい、中瀬です」
「もしもし、お母さんだけど」
「どうしたの」
その深刻な声に、私は眉をひそめた。
「シンザニアでクーデターが起こったわ」
「ええ!?」
「まだわからないけれど……新政府は日本を初めとする他の国と国交を回復するつもりみたい」
わたしはアフリカの小国シンザニア出身の母を持つ。幼い頃はそれでよくいじめられた。小説を書き始めたのも、人種が関係ない形で表現をしたいと願ったからだ。
「じゃあ、お母さん、自由に国に戻れるかもしれないんだ。よかった……」
「そうかも」
母の声には少し嗚咽が混じっていた。私は言葉を尽くし、彼女を心から祝福してあげた。
その数時間後、また電話がかかってきた。発信先は電子書籍会社だった。嫌な予感がしながらも、繋がないわけにはいかない。
「はい、中瀬です」
「もしもし、株式会社セシャトの谷村です」
口から胃が飛び出るかと思った。谷村さんは電子書籍会社セシャトの編集者で、ウィリアムを管理しているシステムエンジニアでもある。直接会ったことがないので顔はわからない。そのくらい偉い人なのだ。
「突然すみません。中瀬さんはシンザニアと日本のハーフと聞いたのですが。」
ついに「足切り」されるのかと思ったら違った。が、私は「ハーフ」と
呼ばれるのが大嫌いなので不安の代わりにいらだちが沸いてきた。
「それが何ですか?」
「シンザニアについて、あまりにも情報が少ない」
「まあ、そうですね」
私はできるだけ不機嫌そうに答える。
アフリカの奥地の小国だ。日本に住んでいるシンザニア人は、10人もいないのじゃないだろうか。
「だからあなたの本を出します」
「へ?」
そして、私の本は書店で平積みされて、数ヶ月で消えていった。
目を閉じると、光景が浮かんでくる。シンザニアについてのわずかな本をかき集めた棚に、私の本が紛れ込んでいる。それを考えると腹の中がむかむかしてくる。
作品を印刷する権利を有しているのは電子書籍会社で、印税はもらえるけれど、私が口出しはできない。
「中瀬さん、谷村が次回作を期待しているようですが。プロットの提出をお願いできませんか?」
モニターにウィリアムのアバターが現れ、私を催促した。いつもの平面的な笑顔で私を見つめる。
私はというと、印税で買ったソファにごろごろ寝転がっていた。やっとのことで起きあがってマイクをとるまで、ウィリアムは静かに待っていた。
「もう筆を折る」
「それがいいかもしれませんね」
ウィリアムのせりふには、彼に似合わない人間味があった。
変わった話あります SFショートショート集 かずラ @kazura1128
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