Round1 シアリード
運命というものは実にきまぐれである。
生まれたときから決まっていると言う者も居れば、存在自体があやふやな神様が決めていると言う者などもおり、運命というものに対しての捉え方は様々であるけれど、本当のところは誰にも分からない。何せ、物質とは違うのだから。
己が生涯の中で何を経験し、何処へ向かい、如何して生涯の幕を下ろす。運命というものは結局のところ、数ある予測可能な事象の中のいずれかに進むことなのかもしれない。
だけど…もしも、その予測不可能な事象により本来ならば起こりえなかった道に足を踏み入れ、其れによって運命から外れてしまった場合、その者は再び元の運命に戻ることが出来るのだろうか…?
◇ ◇ ◇
北大西洋に浮かぶ大きな島。昔に起きた幾重の争いを感じさせないようなその大地の広大な自然の中に地面を軽く均しただけのように作られた簡易的な街道を一台の馬車が其程速くない速度で進む。
「お嬢ちゃん、見えてきたよ。あれがキャメロットさ」
荷車の先端に座り馬を走らせる一人の老人は振り返る事無く、荷車の後ろに座っているであろう一人の少女に声をかけた。その少女は肩まである白銀に輝く髪を靡かせて老人が示した方向を見る。
「あれが…ブリテンを統べる唯一国家の首都…キャメロット…」
少女はその高い城壁に覆われた街を目視した。
此れからの出来事の始まりとも言える己の目的地を。
発端は数日前に遡る。
とある小さな町の孤児院に住んでいた白銀の髪の少女――シアリードは血の気が多い訳でも無ければ主張が激しい訳でも無い、比較的静かで平凡な少女である。そんなシアリードはその日も孤児院を経営している女性からの頼みで外で箒を掃いていた。
「シアちゃんごめんね。本当はモーガンに頼んでいたのだけど何処かに行っちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ」
優しげな声でそう言った女性はイグレイン。シアリードも住んでいる孤児院の経営者であり、孤児院の子どもたちからは母親のように呼ばれている半面、自身も三人の娘の親である。三人娘は歳が全てズレており、末っ子はシアリードと同じ年齢であるのだが、その親のイグレインは若々しく美人で、外見も中身も合わさってとても娘が三人もいるとは思えない。
「あの子、掃除をほったらかしにして何処に行っちゃったのかしら?」
「モーガンならモルゴースのところの方が面白そうって言って何処かに行きました」
「またあの子たちは…」
会話に出てきたモーガンもモルゴースもイグレインの娘の名前である。シアリードにとってはある程度同じ時間を過ごしてきたので義理の姉妹とも言えるであろう存在である。
シアリードが六歳の頃、とある事件によって家族を失い、シアリードだけがただ一人生き残ったところを以前から知り合いだったイグレインの家族に拾われてから八年、すっかり家族のように感じるようになっていた。
「はぁ…仲が良いのは良いことなのだけど…どうしましょうか?…そうだ。エレイン?エレインは何処?」
何かを思いついたのかもう一人の娘を探しに孤児院の中に戻っていくイグレイン。探しに行ったが三姉妹の内二人が何処かへ行ったのだから残りの姉妹も同類の可能性は十分にあるのだが、シアリードは口にはせず一人再び掃除に戻って箒を掃く。
風の悪戯によるものなのか、気が付けばイグレインと話している間に落ち葉は増えているように感じられる。そんな事を然程気にした様子もなく黙々と箒を動かし続ける。
しばらくして掃除の区切りが見え始めた頃、突如として一通の手紙がシアリードの視界に入り込んできた。遠くから飛んでくる程強い風は吹いていない事から誰かの落とし物だろうと下を向いていた視界を上げるのだが、不思議な事にそれらしい人はおろか、人が居たような痕跡すらも何処にも見当たらない。
仕方なくその手紙を拾い上げる。その手紙はシアリードの記憶にある通常のものよりも簡易的で、紙を三つ折りにして紐で止めているだけのものだった。もしかしたら孤児院の誰かに宛てられたものの可能性も考えられるので一応、誰が誰に出したのか知るために紙の裏表を確認すると、差出人は書かれていなかったのだが、不思議なことに宛名にはシアリードと記されていた。
「私に手紙?」
その事にシアリードは心当たりがなかった。というより今迄自分宛の手紙を貰ったことが無かった。それ以前にある事件から宛先が変わっているが其れを主張した覚えもない。家族は失われ、他に送りそうな者は現在同じ屋根の下にいるのでわざわざ手紙を出す意味もない。そうなると本当に送りそうな相手がいない。
怪しさはあるものの自分宛だと認識した事で遠慮すること無く止めている紐を解き、手紙を開いてみると、其処には自分には縁の無さそうな言葉が書かれていた。
「…召喚状?」
経験としては当然無いが、流石に知識としては其れを知ってはいた。
召喚状とは、相手が指定した時間、場所にこちらが向かうことを指示した書状のことであり、言わば身分が上の者からの命令である。
そしてこの召喚状に書かれている指示はと言うと、時間は四日後、場所はこの島にある唯一の国家、キャメロットへと向かう事を提示していた。
「なんで私?」
召喚状による行き先がわざわざキャメロットを指定しているということは、おそらく差出人はキャメロットの関係者なのだろう。だが、それ故に理解が出来なかった。シアリードは今迄キャメロットのような大都市には一度も行ったこともなければ、関係者と関わったこともない。家族が生前に関わっていたという話も特に知らない。
「ただいまー。…シア、何してんの?」
キャメロットとの関係性について考え込んでいると、その場所が玄関先と言うこともあって、帰ってきたモーガンが声をかけてきた。
「モーガンこそモルゴースを探しに行った筈じゃないの?」
「それが見当たらなくてさー。絶対どっかで面白そうな文献でも見つけて一人でみてるんだよ」
モルゴース…に限った話ではなくイグレインの三人娘は、文書や書物、特に魔術書の類に興味を持っており、よくイグレインに内緒で何処かから仕入れてきては三人で読んでいることがある。
こうなったのは二年程前、孤児院の中で大掃除をしている時にモルゴースがふとしたきっかけで地下室を発見し、其処に入ってみると、知らない文字で書かれた分厚い本が沢山発見されたのだ。何故こんなものが地下室ごと隠されていたのか誰にも分からなかったのだが、それ以降三姉妹は隙を見ては地下室に入り書物を漁っているというようになった。後日それは魔術書の類だと判明した。好奇心の成せる技なのか、三姉妹は始めは全くと言って良い程読めなかったにも関わらず三か月程で書物の大体の文字を解読、読めるようになっていた。…ちなみにシアリードは普通の文字なら読めるが、三姉妹が見つけた魔術書に使われているような特殊な文字は未だに禄に読めない。そもそも遠慮して其処まで地下室には入っていない。
「それより、その手に持ってるの何よ?手紙?」
「あっ」
モーガンは通り過ぎると見せかけて流れるようにシアリードの手から手紙を抜き取ると、その内容に視線を落とした。
「何これ…。シアに召喚状?」
「理由は分からないのだけど」
「ふーん」
モーガンは手紙を返すこともしないまま、そのまま家の中へと入っていく…のだが、手紙の文章に目を向けて進行方向を見ていなかった為に丁度扉が開いた事に気付かず、出てきたエレインとぶつかった。
ぶつかったモーガンは少し反動を受けながらも其れでも手紙を離さなかった。
「モーガン、ちゃんと前を見て歩きなさい」
「あー、エレインごめん。それよりさ、シアに召喚状が」
「モーガン…帰って来たの?」
モーガンが召喚状の事を告げようとするよりも先にエレインの陰から手が伸びてモーガンの腕をがっちりと掴んだ。何かを感じ取ったのか逃げようとするがその腕は全く動かない。そしてエレインの後ろからその腕の主であるイグレインが現れた。その表情は笑顔である筈なのに何処か怒っているように見える。捕まったモーガンはそのまま奥へと連れて行かれ、二時間に及ぶ(それでも軽い)お説教を受ける羽目になった。
「…ん?手紙?」
連行された拍子に落とされた手紙をエレインが拾い上げた。其処から説教をしていたイグレインにもシアリードの召喚状の話は伝わり(其れでも説教は止まらない)、孤児院内にもあっという間に広まった。
心当たりが無いあたり手紙への疑念は当然ながら存在した。内容を読んでも処理が追い付いていない部分もあった。だけど、もしも可能性があるため怪しみながらも期日や移動時間の事を考えた結果、急ではあるが次の日に旅立つということになった。
旅立ちの日、孤児院の皆がシアリードの見送りを行った。しかしその場に三姉妹の姿は無かった。三姉妹は何か想いがあるのかキャメロット行きを反対していたのだから不思議では無いのかもしれない。手紙の内容にキャメロットの名前が出てから少し空気が重くなった気がするのは恐らく気のせいではない。だけど詳しい事情を訊く時間は今は無い。
召喚された理由が何であれ、連絡を後日送る事を別れ際に約束し、シアリードは孤児院を旅立った。
目的地が決まっているとはいえ一人旅には不安があったが、イグレインから渡された路銀や事前に教えられた進路を駆使することで指定時間より早めにキャメロットに着くことが出来た。
回想終わり。
此処まで乗せてくれた老人にお礼と別れを告げ、シアリードは到着したキャメロットの中を歩く。流石首都と言うだけあって外壁を越える際には警備の者が現れては一度止められた。村等でも警備は居るとはいえ其れ以上にしっかりとしている。なお老人と少女なので警備は何の問題もなく通る事が出来た。
して、そんな街中はというと、此れまでに見た、此処までに通った村や町のどれよりも大きく、進歩した街並みには目を見張るものがある。だけどもそれとは反対な住民の雰囲気には何処か違和感があった。暗いような、落ち込んでいるような、そんな負のイメージを感じられる。
―――ドン。
「あ、ごめんなさい」
街の様子を見ながら歩いていたこともあり、向かいから歩いてきた通行人とぶつかってしまった。謝罪の言葉を述べながらそのぶつかった相手を見ると、その相手は長いローブを身に纏って、何と表現すれば良いのか分からない不思議な雰囲気を醸し出していた。
「ほぅ、これは…」
振り向いたその人物は怒っている様子は無かったが、奇妙な様子でシアリードの姿をまじまじと観察していた。
Arthur of Round Table 【再構成中】 永遠の中級者 @R0425-B1201
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