王位継承篇

選定の剣

Round0

 とある地域には壁に囲まれた大きな街が存在した。

 その街は、かの一人の騎士の纏う圧倒的なカリスマと情熱に惹かれた幾多の民族が集まり、一つの城を中心として街そのものを要塞とするかのように生まれた城壁都市。街を囲む壁という視覚的要因とその城に集う実力ある騎士という精神的要因が、其処に住まう民をあらゆる外敵から守り、其れにより民は平和に暮らしている。


―――――筈なのだが。


 現在、外壁内に展開されている街は慌ただしい場所もあれば、慌ただしいを通り越していい加減な行動をしている者も見られる。守護による平和の割には其処に住まう民も治安も、何やら安心とは程遠い雰囲気に満たされている。

 そして、治安が変化しつつある城下とは対照的に、この街の中心部に聳える象徴である城の中は、本来ならこの街の守備の要でもある騎士たちが居る筈なのだが全員が出払っている為か、人ひとり気配すら見当たらず、静寂に染まっている。



カッ カッ



 そんな静寂に満たされた城の中に動作による副次的な金属音を伴った足音だけが響き渡る。

 長い廊下を白と銀の装飾が成された鎧を着た一人の男性が歩いている。その男性は鎧を身に纏っている他、街の慌ただしさを象徴しているのか室内であるにも関わらず淡い光が漏れ出しているような輝かしい装飾が施された剣が腰の鞘に収められている。所謂武装状態である。


 その男性は廊下を渡り切ると、城の敷地内でも端に存在する数少ない離れ部屋の扉へと辿り着く。その部屋には城の中で唯一な気紛れなる者が引き籠もっているとされている。されている、と言うのはその気紛れなる者が人目の付かぬ内に逃げている場合がある為である。だが、男性は中に居ると確信が有るかのように遠慮無く扉を開いた。


 ギィという小さな音の割に軽く開いた扉の先は城内とは異なった装飾がなされていた。部屋の至る所には何かの薬草などが入った瓶などが置かれており、その中心には真ん中に水の張られた台が置かれている。城内が人為的な清潔さを保っているとするならば此の部屋は自然の浸食を受けているとでも言えるだろう。

 そんな部屋の中で水の台を覗き込むように白のローブを纏ったこの部屋の主と思われる人物の後ろ姿があった。鎧の男性が其れを目視したと同じ頃、その人物は後ろを向くことなく、まるで誰が来たのか分かっているような様子で声を発した。


「おや、珍しいものだ。に君がこんな所に何の用だい?」

「用件なら既にお分かりの筈では?マーリン殿」


 マーリンと呼ばれた男性は鎧を着込んだ男性とは対照に身体の輪郭が曖昧になる程ゆったりとした服に身を包んでおり、どう見ても騎士には見えない。それどころか見ようによっては少々だらしない恰好をしていた。

 様子からして仕えているという関係には見えない二人。見様によっては監視のようにも見える。


「…王候補の選定かい?やっているさ…気が向いた時に…」

「気が向いた時では困るのです。貴方は宮廷魔術師なのですからしっかりしてくださらないと」


 だらしない身なりをしているがマーリンは魔術師である。其れも、その筋ではかなり上位の才能の持ち主とされ、未来視や遠隔透視などに関しては他に出来る者が居ない程の逸材。だからこそ鎧の男性たちとの付き合いも薄いものではない。

 そんな実力者なのだが、当の本人はかなりの変わり者であり気分屋であるため、中々仕事が進まない。其れを表わすように今の仕事を数日前から始めたというのに、此れと言って報告が無かったのである。

 ちなみにこのマーリンという名は本人が名乗った偽名であり、本名は他にあるのだが、それを知る者は関係者の中には居ない。


「仕方が無いじゃないか。候補は誰でも良いと言うものではないからね」


 飄々と、言い訳のように述べるマーリンに対して、男性は責める訳でもなく現状を述べる。


「先の戦で前王が亡くなられて、円卓の騎士も数名が欠けました。ここまでは私達、残りの円卓が国の復興に尽くしてきましたが、民を安心させるためにもやはり手を打たねばなりません。…明確な象徴を」

「なら、君がやればいいんじゃないかい?王剣の姉妹剣も持っていることだからね。前王の片腕と呼ばれた君なら皆も納得するのではないかい?」

「いえ、私など王の器ではありません。戦闘ではランズロット卿に劣り、指揮に関してもベディヴィエール卿たちが居ますので」

「謙遜のつもりだろうけれど、第三者から見て、日中の君ならランスロット卿にも其程劣ってはいないのだけどね」


 幾ら言っても男性の気が変わらないと分かっているからか、独り言のように言ってマーリンは扉の方へと向かう。鎧の男性が何処かへ行こうとするマーリンを止めようと手を伸ばしたとき、マーリンはあるひとことを言った。


「…四日後…」

「はい?何のことです?」

「四日後、王候補たちが此処に来るよ」


 難航しているように見えて、どうやらマーリンは候補の選定を終えて既に手を打っていたようだった。


「僕は呼んださ。だけど素質がありそうな者を選んだだけで、どんな者が来るのかは分からない。もしかしたらひ弱な者かもしれないし、逆に円卓を乗っ取ろうとする者かもしれない」

「はい。私も他の者も覚悟は出来ています。それに最終的な王の選択はですから。……マーリン殿、感謝します」

「…ん。じゃあ他の円卓には君から言っておいてくれ、ガウェイン卿」

「それは良いのですが、マーリン殿はどちらへ?」

「僕は…少々気分転換をね」


 そう言ってマーリンは残りは君たちの仕事だとばかりに扉を開けて何処かへ出かけていった。


その背を見送った後残されたガウェインは、マーリンからもたらされた情報を円卓へと持ち帰り、次の日から王候補の迎えるための準備を少しずつ始めるのだった―――。

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