弐ノ弐 夢渡りの儀

〝夢渡りの儀″とは、健悟が次期当主、申彦の神眼守護者に相応しいか否かを決める大切な儀式だった。

儀式を執り行う場所は志津所有の都内高層マンションで最上階の一室。と、言っても、その階にあった全ての部屋を買い取り、ぶち抜いて改装しているので下手な一軒家よりも贅沢で広い、その中の一室だ。


父清人に最初に通されたのは、ヨーロピアン調のインテリアが美しい50畳は優にあろうかというリビング。

円形の壁に連なる大きな窓からは、と呼ぶに相応しい景色が広がる。


袴姿の父と、大きめの学ランが貸衣装のように見える健悟が向かい合う形で、曲線を描く優美なソファーに座っている。だだっ広い場所にいるだけで落ち着かないのに、これから始まる儀式への緊張で、健悟は吐きそうなほどだった。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

そう言う父の声も緊張しているようだった。


「僕、申彦君のこと覚えてないんだ。小さい頃一緒に遊んだのにね」


「そんな事は全く問題にならないから、安心しなさい」


「もし、もしだよ、僕が守護者として不適合なら、弟の大悟だいごが夢渡りするの?」


「そんなの今心配することじゃない。お前はお前だ」


「でもでも僕が不適合者なら神眼守護者の一族の恥になるよね?」

健悟は軽く吐き気をもよおす。


「恥なんてないさ。小さい頃から武術に励み、守護者としての教えを積んできてるんだから自信を持ちなさい!おじいちゃんだってそう言ってただろ?」


「うん…」

健悟は息が詰まりそうで真新しい制服の詰襟をゆるめた。


「父さんが夢渡りを経験していればアドバイスも出来るんだがな」

申し訳なさそうに言う。


他人の夢に潜入できるという時渡家最強の神眼霊力〝夢渡り″を志津は受け継いでいなかった。その為、父清人は形式的な〝夢渡りの儀″を執り行ったに過ぎない。健悟が本格的な儀式に臨む理由はただ一つ、申彦が最強の神眼の持ち主だったからだ。


「そろそろ時間になるな」

父が健悟の頭をポンポンと優しく叩いた。


「うん、おじいちゃんや父さんにも負けない、立派な守護者になるよ!」

わざと明るく答える。


健悟が緊張で張り裂けそうな胸を抱え、大きく深呼吸した所で、リビングの奥にある白い扉がガチャリと開く。


立っていたのは、現当主であり、申彦の祖母である時渡志津。

ラメ入りの黒いロングドレス。尖った鼻と赤いマニュキュアの爪、丸く結った白髪にはギラギラと煌めく髪飾り。小柄な身体から発する只ならぬ存在感は、まるで妖気みたいに人を威圧する。

健悟の緊張は加速して背中から汗が噴き出す。


「ふんっ!青っ白い顔してんねぇ」

三白眼気味の志津の目がギロリと健悟を一瞥いちべつする。


「肚を据えな!臆病者は夢にさらわれるよ」


「はいっ!!」

 弾かれるように健悟が直立になると、志津がニヤッと笑う。その顔さえ怖い。


「じゃあ、行こうかね」


「はい」

 ゴクリと健悟は唾を飲み込んだ。


…弐ノ参に続く

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