弐ノ参 三猿

「いいかい健悟、ここから先はうつつと夢の狭間だ。何が起こっても慌てず、騒がず、他言せず、だ」

そう言う父、清人も緊張しているのが分かる。


「はい、父さん」


志津、父清人そして健悟の順で、先ほど志津が出て来た扉へ向かう。

開くとすぐにまたふすまの引き戸があった。描かれている日本画は、見ザル、言わザル、聞かザルの三猿。先ほど父が言っていた象徴にも思えた。


「こっから先は滅多に入れない、時渡の聖域だ。健悟、最後になるかも知れないから、よぉ~く見とくんだよ!」


「志津さん、そういう冗談はよして下さいよ!」

珍しく父が強く言う。最後=不適合者、そんな思いが健悟の頭の中をかすめる。


「清人、あんたもこんな事でビビッてるようじゃ、まだまだケツが青いねぇ~」

フンッと志津は鼻を鳴らした。


「志津さんからしたら、世の中全員尻が青いじゃないですか?」

クスッと清人が笑うと、志津はヤレヤレとでも言いたげに頭を振りながらふすまを開けた。


途端、健悟の目の前に枯山水の庭園と朱色の欄干らんかんの橋が現れた。

空中庭園と呼ぶに相応しい風景は、全体がガラス張りの10mほどの廊下という構造。白砂の水面は幾重にも弧を描き、点在する石は苔むして静かな風格を醸し出している。その上に掛かる朱色の橋は、古い格子の引き戸の扉へと続く。


「ここは逢魔滅橋おうまめっきょう。夢で魔に逢わないようにする為の清め橋さ、現のけがれは落としておくんだね」

志津が健悟の目をじっと見つめると、またフンッと鼻を鳴らした。


ガラス張りの向こうには空撮したような街並みと、やけに近く感じる雲と空があった。落ちるはずもないのに、健悟はお尻がムズムズとなる。なるべく周囲を見ないようにして橋を渡り切り、木製の引き戸の前に立った。


「ここが幻夢御堂げんむみどう、時渡家最強の霊場さね」


志津が大きく深呼吸すると、父もそれに習う。健悟も真似て丹田に力を込めるように、大きく息を吸い込んだ。


「健悟、気ぃ引き締めて挑みな!」

 160cmにも満たない健悟を志津が見上げる。


「はい!」

 健悟が答えると、志津はギッギッと扉を軋ませて開く。


そこに居たのは、こちらに向かい三つ指をつき、深々と頭を下げる紅い着物姿。二つ並んで敷かれた布団の前でそうする様が、健悟には妙に照れ臭かった。


「本日は次期当主、私、時渡申彦の夢渡りの儀にお越し頂きありがとうございます」

 

スッと顔を上げた時に、健悟の中で衝撃に近い何かが走る。10歳そこそこの少年にさえ、戦慄に近い感覚を抱かせる“美”がそこにはあった。


…弐ノ四に続く








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