弐ノ章

弐ノ壱 謎の少女

気が付くと堂前どうまえ健悟は見知らぬ場所に立っていた。

目の前には八角形の古い御堂が建っている。三段の石段、所々に朱色が残る木製の御堂で、観音開きの扉は閉じられている。その上には緑色の板が渡してあり、御堂の名前らしきものが書かれているようだが朽ちて読めなかった。


「どこだ、ここ?」


健悟は周囲を見回してみたが、濃い霧が掛かり見通しが悪い。

困ったなと思った時に、御堂の中から子供の歌声が聞こえてきた。


「おさらい、おひとつ、おひとつ、おひとつおろしておさらい…」


(わらべ歌?)


耳を澄ますと何かをポトリ、ポトリと落とすような音も聞こえる。健悟が御堂の扉に手を掛けた途端、わずかに開いた。

隙間から覗くと目に飛び込んで来たのは艶やかな紅い着物姿の少女。御堂の中央、扉に向き合うように板張りの床に座り、お手玉に興じていた。


御堂の中は少女以外に何もない空間。二か所ある格子状の窓から薄明りが射して埃の粒を光らせている。

少女の揺れる前髪は目の上で切り揃えてあり、肩辺りまでの真っ直ぐな黒髪。伏し目で遊んでいるが、大きな目をした可愛らしい顔立ちだと分かる。生きている市松人形だなと健悟は思った。


その少女がお手玉を取り損ねて視線が移り、健悟の存在に気が付く。

健悟はなぜか申し訳ない気持ちになった。


「ごめんね、邪魔するつもりはなかったんだ」


少女は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐにスクッと立ち上がる。そのまま音もたてずに健悟の側へと近づいて来た。気が付けば御堂の扉は開け放たれ、健悟は間近に少女を見下ろすように立っていた。


「驚かしたよね?」

健悟が目線を合わせるようにしゃがむ。

少女は六、七歳といったところだろうか、まだあどけない。


「ねぇ、知ってるの?」

濡れたような黒目がちの瞳がジッと健悟を見据える。


「うん?何をかな?」


「私のこと、知ってるの?」

少女の澄んだ瞳のせいか、健悟は心の奥を覗かれているような気分になる。


「えっとぉ…」

見知らぬ子だったがどこか申彦に似ていなくもない。いや、子供の頃の申彦に相当似ているかも知れない。

なんだ、この奇妙な感じは…。


------あっ。。。夢か。


思った途端に少女と健悟の間に金色の光の玉が現れる。まるで皮をむくように玉は解かれて、その中から違う風景が広がり始めた。


紅い欄干の太鼓橋の向こうに黒くそびえる五重塔、広がる風景へと健悟は向かっていく。

ここはそう…〝夢渡りの儀″で、申彦と共に夢で訪れた時渡家の聖域中の聖域。

訪れたのは忘れもしない春の日。

小学校を卒業したばかりの健悟が迎えた試練のでもあった。


…弐ノ弐に続く





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