壱ノ壱参 感染る

「ドラムやってた琉衣るいと二人で肝試しに来たんだ」

航太郎はどこか懐かしそうに館内を見回した。


今から一年ほど前。

サイエンスの解散と女性トラブルと、ツイていない時期の事。

どこか自暴自棄になっていた航太郎と琉衣るいは、都内でも有名な心霊スポット(過去のこの館)に酔っぱらって入り込んだ。


「探検しよう!探検!」

荒れ放題の洋館の中を携帯のライトを頼りに歩き回った。揺れる影や軋む音が不気味で、気が付けば二人は大声で歌っていた。


そんな時に琉衣が突然立ち止まって遠くを見た。

「なぁ、何か声みたいの聞こえねぇか?」


航太郎も耳を澄ませるが、声らしきものは聞こえない。


「…聞こえないけど」


「いや…ほら、聞こえるよ!」


「マジ聞こえないって!怖いからヤメッて!」


「聞こえるって!なぁ、、、呼んでないか?」


「誰を?」


「ほら、航太郎、聞けって!…なぁ、俺らのことだよ、呼んでる」


「琉衣、やめろって!」


航太郎はあまりの恐怖に琉衣の腕を掴んで走った。走って、走って、街の雑踏の中まで逃げ込んだ。


「もう、、、大丈夫だ」

肩で息をする航太郎の横で、琉衣は息一つ切らさずに目を見開いていた。


------そして次の日から琉衣と連絡が途絶えた。


「で、どうなったんですか?」

ゴクリと喉を鳴らして健悟が問う。


「連絡取れれなくって一週間ぐらい経ったかな?心配で家行ったらさ、寝てたって言うんだ」


「うん?寝てた?」


「何日も寝てたって。もぉゲッソリって感じで、ヒゲとか髪とかグチャグチャにしてさ。なんか言っても反応鈍くなっててさ」


そう言った後で航太郎は「あっ」という表情をした。それは多分、健悟が感じたことと同じだろう。


「もしかして…俺、そんな感じ?」


「似たように思えますけど」

そう健悟は言って、横にある大振りの家具の白い布を取った。そこには鏡張りの飾り棚があり、航太郎の荒んだ全身を映し出した。


「えっ⁉俺?」

航太郎はフラリと近づき、今更ながら驚いたように自分の姿を見つめている。


「ヒゲとか髪とか、グチャグチャですね」

健悟が苦笑する。


「琉衣と同じ…」

航太郎は力なくソファーに戻ると、沈み込むように座り込んだ。


「琉衣も神様に選ばれてたってこと?」


「神様って言うか…そうなると幽霊ですかね?」

同じ場所であることを急に意識して、思わず健悟は声を潜める。すると航太郎も小声で言った。


「…俺さ、琉衣のことお寺に連れてったんだ」


「で、どうだったんですか?」


ものだったかな…結局お祓い出来なかったんだけど」


琉衣の緑色に光る目、獣のような姿態、破壊される寺に翻弄される住職たち。

航太郎はその時の恐怖をまざまざと思い出し、身震いした。


「だとしたらかみしもさんに憑いていたのは神様でも幽霊でもないですね」


「そっかぁ…」

航太郎は軽くため息をついた。


「…感染うつったのかな?」


感染うつる?何が?」


「いや、だからさ、神様?って言うか、そのぉ…物の怪?」


航太郎の言葉に健悟の右腕の噛み痕が疼く気がした。


「裃さん、琉衣さんに噛まれたとか?」


「ううん、寺のお坊さんは噛まれたけど。でも、その後に会ったけど普通だったよ」


「じゃぁ、どうして感染うつるとかって思ったんですか?」


「結局琉衣、田舎に帰ることになって。俺にも責任あるじゃん?だから実家まで、車で送ってやったんだよ」


力の抜けた人形みたいな琉衣を車に押し込んで、航太郎は栃木の実家まで向かった。首都高を抜けた辺りから急に琉衣は目覚め始め、少しづつ言葉を口にするようになった。そして彼の実家に着く頃には以前の様子に近くなっていて航太郎を心底驚かせた。


「なのに俺の方は何か、変な感じでさ。喉とかイガイガし始めるし、ダルくなるし…だから、あの時にこっちに感染うつったのかなぁて」


「狭い車内で二人で居たからってことですか?」


「うん…で、確か次の朝、熱出したんだよ俺」

そう言った後で、なぜか航太郎は大きなクシャミをした。


…壱ノ壱四に続く

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