壱ノ壱弐 導かれた場所

バイトを辞めたのを境に航太郎は思う存分、自室に籠って眠りをむさぼった。

起きるのは神様に促される一日一回の食事と生理現象であるトイレ。

不思議と味覚だけは現実世界の方が味がはっきりして美味かった。神様いわくは肉体に必要な最小限の栄養を取るためにそうしたらしい。

後は数日に一回、強制的に父親に連れ込まれるシャワーだった。


両親に病院へも連れていかれたような気がする。

ぼんやりとした長い廊下と白衣の医師の姿、泣き崩れる母の背中を支える父。それが真実かどうか航太郎には分からない。どの顔も悲しげだったが、曖昧な記憶の中で淀んでいた。


航太郎の現実はもはや夢の中にしかなかった。

新生サイエンスはデビューを果たし、瞬く間にスターダムにのし上がって行く。

眩しいスポットライトも、熱気で充満するライブも、唸るように響く声援も、航太郎が望んでいた以上のものがここにはあった。

何もかもが神様の力が導いてくれたものだった。


「どうして俺にこんなにしてくれるんですか?」

不思議に思って航太郎は尋ねたことがある。


『お主はわしが選んだ、救世主となるべき者じゃからの』


「救世主って?」


『お主の力が必要だということじゃ』


神様に〝必要″と言われただけで、自分は特別な存在だと感じて航太郎は心底嬉しかった。神様の導き通りに、神様の願うように、もっともっと神様と共に…。

航太郎にとって神様は自分の存在そのものになっていた。


---------それなのに、俺は失敗してしまった。

真っ白な脳裏が恐怖で埋め尽くされる。


「うっわぁ~~~~~!!」

航太郎は頭を抱え、叫んでいた。


「大丈夫ですから、ね、落ち着いて」

目の前で静かに話を聞いていた健悟が優しく言う。


「もうダメじゃん!マジ、終わりだ!」

航太郎はそのままの姿勢で地団駄を踏む。


「落ち着いて下さいって。ねっ、終わりって、神様が消えたってことですか?」


「だから言ってんじゃん!失敗したんだよ、分かる?」


「何を失敗したって言うんですか?」


「だからバイト!俺、雇ってもらえるの?」


「う~~ん、、、ちなみに今、神様はいるんでしょうか?」


その問いに航太郎は宙を見上げた。


「いない…。なんかハッキリいないって分かる」

眉間にギュッとしわが寄った。


「ねぇ神様に言われたんだ、ここでバイトするようにって。だからお願いします!俺なんでもするから!神様!聞いてる?絶対に何とかするからッ!」

航太郎は健悟ではなく、辺りを見回しながら喚いている。


「分かりましたから、少し考えさせて下さい。いいですね?」


「ほんと!本当に?」


「えっ…と、ですから時間下さい。ねっ?」


ウンウンと大きくうなずく航太郎の顔が安堵に緩む。


「でもどうしてここを神様は指示したんでしょうね?」

健悟の中で膨れ上がり続けていた(なぜ?)を問う。〝夢の関係者″は申彦の神眼霊力をどうにかしようと思っているのだろうか。


「知らないよ、そんなの…。こんな幽霊屋敷、俺だって嫌だよ」

力なく航太郎が言う。


「幽霊屋敷!?」


「そう、有名だったけど…知らないとか?」


「えぇ、、、ここが…ですか…?」

ブルっと健悟は身震いした。


・・・壱ノ壱参に続く

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