壱ノ九 お告げ

かみしもさん、大丈夫ですか?」

警戒しつつ健悟が声を掛けると、裃航太郎はぼんやりとした眼差しを向けた。その呆けたような表情に健悟は不安を覚える。


「裃さん?」


「これって、、、、夢?」

自分自身に問うようにボソリと呟く。


「いえ、現実だと思いますが」


「げ・ん・じ・つ」

一言一言区切るように言って、両手を握ったり開いたりしている。


「夢じゃない…」

航太郎は現実を確かめるように辺りを見回した。

〝憑き物は夢の関係者″。さっきの申彦の言葉が健吾の中でザワザワと蘇る。


「飲み物、飲み物もらっていい?」

両足を投げ出し床に座る航太郎からは狂気じみた空気が消えていた。それでも緊張を解くことなく健悟は冷めた紅茶を手渡した。


「どうも」

初めて航太郎と健悟の視線が合った。

それからゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。


「レモンの味がする…」


「そうですか」


「やっぱ現実はこっちなんだ」

空になったカップをテーブルに置く航太郎が今にも泣き出しそうに見えて、健吾は思わず問いかけた。


「その夢とか現実とか、どういう意味ですか?」


「別に…。多分、言っても分かんないし、それにもう終わったから」


「終わったって何がです?」


「だから言っても分かんないよ」


これは深追いしてはいけないと健悟は思いつつ、好奇心の方が優位になるのが止められない。


「裃さん、話してみませんか?何か手助けが必要でしょ?」

ソファーに前のめり気味に腰掛けて優しく言葉を掛ける。

途端、背後の衝立ついたてがゴンと鳴った。明らかに申彦の不服の意思表示だが、それを無視して航太郎に笑顔を向けた。すると呪縛が解けたように突然、航太郎の瞳から涙がこぼれ始めた。


「もう終わりだって!そう言われたんだ!」

絞り出す声が震えている。


「いったい誰に言われたんです?ねっ、そこに座って話して下さい」

健悟の言葉に促されて、航太郎は向かいのソファーにストンと腰を下ろした。


「誰にも言わないって約束してもらえる?」


「えぇもちろん、他言しませんよ。ここは占いカフェなんですから秘密厳守じゃなきゃね」

頼りがいと安心感のある容貌と定評のある健悟が大きくうなずくと、航太郎も意を決したように頷いた。


「信じないだろけど…俺、救世主に選ばれたんだって」


「いや、信じますけど、救世主って?」


「だから導くからって、救世主になれるようにって…でも失敗しちゃ…て」


言い終わらない内に涙が洪水に変わる。心底不憫に思えた健悟がテッシュの箱を渡すと、勢いよく航太郎が鼻をかむ。その姿に履歴書の写真の面影を見た気がした。


「失敗は成功の基って言うでしょ?ね、ね?で、導くって誰が?」


「…頭の中の声」


「声、ってどんな風な?」


「響くんだ、ほら、なんていうの、、、、お告げ?そうお告げだよ」


「お告げ…ですか?」


航太郎は首をウンウンと縦に振る。


「その声って誰か分かってるんですか?」


健悟の問いに航太郎の肩が一瞬ピクリとなった。


「分かってるんですね?」


航太郎がすっと上げた顔はひどく無表情。


「か・み・さ・ま」


白くなった唇だけが意思を持ち動いた。


…壱ノ十に続く

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