壱ノ八 夢の関係者

既に健悟の耳からイヤホンが外れ申彦の動向は分からないが、衝立ついたての中から立ち去った気配がない。警戒しつつ背後を見ると、そこに申彦が無表情で立っていた。


「バカ!何やってんだ!」

焦る健悟の声を無視して、申彦が冷静に問い掛ける。


「おめぇこそ、ナニもんだ?」


「臭う、臭うぞ!うつつか夢か?」

航太郎の鼻がヒクヒクとうごめき、口元からはよだれが糸を引く。


「ゴタゴタぬかしてんじゃねぇよ!こっちが何もんかって聞いてんだぁ!」

言葉が終わる前に申彦の指からビュッと扇子が飛んだ。航太郎のおでこに見事直撃した隙に、健悟は首に腕を巻き付ける。


「申し訳ない」

律儀に謝ってから、グッと締め付けた。

途端に意外なほどあっけなく、航太郎の身体は床に沈んでいった。ゆっくりとその身体を横たえた健悟の隣に申彦が並ぶ。


ったんか?」


「そんな訳ないだろう!気を失ってるだけだ」

健悟の右腕にくっきりと残った歯型から血がにじんでいた。


「おい、ソレ」


「あっ、後で消毒しておく」

傷口をズボンで拭う。


「しかし、何だろうね、コイツ」


「さぁな」


うつつだとか夢だとか言ってたよね?申彦の神眼霊力のこと、言ってたのかな?」

時渡家最強の神眼霊力、他人の夢へ潜入する〝夢渡り″のことを知っていたのだろうか。


「まぁ関係者なんじゃね?」

倒れている航太郎に冷めた目を向けながら申彦が言う。


「関係者って誰の?」


「そりゃぁ夢だろ?コイツにいてるモンがよ」


「憑いてるって!えっ、何が?何が憑いてるんだ?」

健悟が慌てたように言うと、申彦は不満そうに眉をしかめた。


「ふんッ!そこまで知らねぇよ」

申彦は落ちた扇子を拾い、再び衝立の砦へ戻りだす。


「そいつ、玄関の外にでも放りだしとけ」


「この寒空に?それこそ殺人になっちゃうよ」


「んじゃぁ、警察にでも引き渡すか?」

 

それもありだと思った健悟だったが、館のオープン前にミソはつけたくなかった。


「お祓いとか、お前出来ないの?」


「あんなぁ、俺は拝み屋じゃねぇし。余所様の仕事はとらねぇ主義なんだッーの」

言いながら申彦は、転がった航太郎の眉間の辺りを扇子の先で指示した。


「それにもう…」


「それにもう…何?」


申彦が不意に涼し気な瞳を健悟に向ける。


「別に…なんも」


「なんだよ!気になるじゃないか!なぁ!」


 健悟の少し焦ったような声に答えるように、航太郎の口から呻き声がもれた。


「あっ、気が付いた!」


「ったく!早ぇとこ追い出せよ!」

他人と関わりたくない申彦は、そそくさと衝立ついたての要塞へと逃げ込んで行く。だから面接さえも衝立ようさいの中という訳だ。


奇妙な面接者、かみしも航太郎がゆっくりと身体を起こした。


…壱ノ九に続く

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