壱ノ七 真冬のドクロ

「で、どうすんの?俺、雇ってくれんの?」

裃航太郎かみしもこうたろうはだらしなく濡れた口元を手の甲で拭う。


「あなたみたいな有名人、雇えませんよ」

堂前どうまえ健悟は穏やかに笑う。


「どうして?俺がいたら客でいっぱいになって儲かるじゃん?あっ、給料とか気にしてんの?大丈夫、普通でいいって!」


「いやぁ…そういうことじゃなくて」


「じゃぁ何?どこに問題あんの?」


『全部!』と言いそうになるのを辛うじて健悟は堪えて言った。

「う~~ん、強いて言えば、ソノ服装ですかね」


「服ぅ?なんで???」


「何って、ソノ、T


「あっ、そっかぁ!占いカフェにドクロってマズいってこと?」

航太郎がギラつくドクロ模様を指さす。


「…かみしもさん、今日、その服装でこちらに来たんですよね?」


「えっ、うん、そう…」


「上着とかは?」


「えっ、このまんまだけど…ナニ?何?」


「今、ですよ」

健悟がゆっくりと告げた。


「二月って…えっ…冬の?」


「ですね、真冬!ってことですね。気温10℃下回ってますけど」


「冬って…へっ?俺、Tシャツだけで来た…?」

航太郎は目を見開いたまま固まったようになった。


「大丈夫ですか?」


「かみ、、、さ、、、」


「裃さん?」


「いや、、、、か、、、み、、、さま、、、そうじゃ、、、な、、、く」

航太郎はガタガタと震え始め、自身の両手で肩を抱え込んだ。かッと開いた両目は焦点が定まらない。


「許して、、、か、、、神、、、さま」


「裃さん?裃さん!大丈夫ですか?」


「神様ぁ!」

航太郎は一声叫ぶと頭を抱え、足をバタバタさせる。

危険を感じた健悟が立ち上がり、背後の衝立ついたてを守るように身構えた。


『警察か救急車か、呼んだ方が良さそうだな』

申彦の声が衝立の向こうから聞こえた途端、航太郎は動きを止め顔を上げた。


「…いる、そこに誰か」

震える指を健悟の背後に伸ばし、視線を向けている。その瞳は緑色に輝いていた。


「誰もいませんから、落ち着きましょう、裃さん」


「何じゃこの臭いは…うつつか?…いや?」

立ち上がり掛ける航太郎の肩を健悟は正面から押さえつけたが、予想以上の力で抗う。更に健悟が力を込めると、航太郎は喉の奥でグルグルと唸り歯を剥く。


「誰もいないと言ってるだろっ!!」

思わず怒声を上げた健悟の右腕を航太郎がガブリと噛みついた。


「痛ッ!」

緩んだ隙に航太郎がフラリと立ち上がり、前のめりに衝立へ向かう。慌てて健悟が背後から羽交い絞めにする。


うつつの者か?夢の者か?」

問い掛けながら全身を揺らし、手足をバタつかせ健悟の腕から逃れようとしている。


「答えよ!何者ぞ!」

 遠吠えのように航太郎が叫んだ。


「申彦、逃げろ!コイツ危険だ!」

 武術で鍛えられた健悟の腕に筋が浮くほど、航太郎には尋常ではない力があった。押さえつけられても尚前後に揺れ、ジリジリと衝立へと距離を縮める。


「申彦!早くッ!早くッ逃げろ!」

健悟が苦し気に怒鳴った。


…壱ノ八に続く

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