壱ノ六 それぞれの思惑

衝立前、ソファーに座る堂前健悟。《どうまえけんご》

向かい合って座る裃航太郎かみしもこうたろう

お互いがそれぞれ違う思惑の中にいた。


「カミシモさんでいいんですよね?」


「そうかみしも


「苗字、変わってますね」


「うん、よく言われます」


「…そうですか」


微妙な間ができる会話の中で、健吾が一呼吸置いて切り出す。


「本当に裃さん、ご本人ですか?」


その問い掛けに、そりゃそうだろうな、とかみしも航太郎は思う。自分ほどの有名人がバイトの面接に来たのだから、誰だって微妙な感じになるのは当たり前だろう。


「そう、本人だよ」

そう言って航太郎は笑った。


一方健吾は、履歴書の写真と目の前にいる本人との違いを訝っていた。


『おい!とっとと切り上げちまえ。超がつくヤバメンじゃねぇか!』

申彦のコソコソ声が健吾の右耳のイヤホンへと届く。一応、うんとはうなずいてみたが、疑問だけは解消しておきたかった。


「この履歴書の写真ですが、いつ撮影しました?」


「あっ、半年?いや…一年前ぐらい?そんな感じ」


写真に映る青年は童顔で愛らしい笑顔。癒し系好青年と言った感じだ。

しかし目の前にいる男は、げっそりこけた頬に無精ひげ。顔色も悪くやせ細っているのに、奇妙に瞳だけが輝いている。〝不気味″という言葉しか見つからない風貌。半年やそこらで人はここまで変化するはずもない。健悟は心底呆れていた。


「ねぇ、面接で嘘はやめましょうよ」


「あっ、そう来る?…そうだよね、バレるよね」


航太郎は「はぁ~」と息を吐きながら大げさに足を組んだ。


「分かり易いですよ、こんな嘘は」


健悟もため息をつく。


「そう、俺、サイエンスのリーダーやってまぁす!KOU《コウ》 でぇすぅ!」


「はい!?なに、何?」


「何って?まンまでしょ」


「えっ…はい?」


言っている意味が分からない!

健悟の目の前で急に踏ん反り返った老人のような男が、宇宙人に思えた。


「だからサイエンス!堂前さん、歌番組とかネットとか見ないの?」


「あっ、いや…普通程度に」


「ロックバンドの、ほら!」

そう言って航太郎が顔を近づけると、皮脂と埃が混ざったような嫌な臭いがした。


「いや、残念ですが」


「えっ!マジで?先月、武道館2dayやったばっかだよ。俺らもまだまだかぁ~」

ガクリと背もたれに身体を預ける。


『ネットで調べたがそんなバンドいねぇよ!クスリでもキメてんのか?』

イヤホンの中、申彦の声が嫌悪ににじんでいる。もしそうだとしたら、あまり刺激しない方が賢明だ。


「いやぁ、すみませんね。僕の方がまだまだですね」

健悟が笑顔で空になったカップに紅茶を注ぐと、航太郎はガブガブと飢えているような勢いで飲み干した。


…壱ノ七へつづく

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