壱ノ伍 古い絵

時渡志津さえも受け継いでいない神眼霊力〝夢渡り″の他に、申彦にはもう一つの能力が備わっていた。それは物や場所に残る思念を読み取るもの。

これが災いして、申彦は他者とのコミュニケーションを上手く取れずにいると健悟は思っている。


しかしこの占いカフェ『インソムニア』がオープンすれば、嫌でも主宰として他人と関わらなくてはいけなくなる。それこそが当主代替わりの大きな一歩になると健悟は踏んでいる。

原稿書きの締切に追われる毎日に嫌気がさして、この占いカフェを開業しようと申彦が思ってくれたのだから、何が幸いするか分からない。

志津も二つ返事で了承したのは、諸事情を見据えた上での判断だろう。そうでなければ、優秀な占い本ゴーストライターを易々と手放すはずもない。

代替わりに向けて上手く進んでいるという感覚が健悟の頬を緩ます。


「なにニヤけてやがる?」

申彦は意味ありげに目を細める。


「えっ、いや、ほら…ここが三週間後にオープンすればさ、締切も原稿書きからも申彦、解放されるんだなぁ~って」


「ふんッ!ここの軍資金だって、ババァ名義でが書いてやった本の印税が相当投下されてっかんな!これ以上、ババァの言いなりになんねぇよ!」

言いつつ、申彦は何かを見透かすような視線を外さない。

少し焦って健悟は手にしていた古い日本家屋の絵を差し出した。


「あっ!で、この絵、どうする?」


「あぁん?それか、どこでも構わねぇからしまっておきゃぁいい」


「まぁ確かにここには合わないと思うけど、いいのか?志津さん、わざわざ送って来たのに」


「モウロクババァが間違えたんだろ。そりゃぁ、昔の時渡の家の絵だ」

やっと申彦の目がPC画面に戻った。


「昔って、志津さんが子供の頃に住んでたっていう?」

まじまじと健悟は絵を見つめる。


広い敷地に平屋建ての家屋は、どこか武家屋敷を思わせる威厳ある佇まい。庭園には御堂のような建物も見て取れた。


「さすがに代々続く家系だよね、何か独特な空気感?みたいなのあるな」

感慨深げに健悟は呟いて、丁寧に絵を箱に戻した。

それから何気なさを装って続ける。


「あっとぉ…そうそう言い忘れてたんだけど…」


「…?」


「あっ、いや、原稿の締切に間に合いそうか?」


「…あと二時間もありゃぁな…でっ?」


「三十分だけ、こっちに時間まわしてくんない?…今日、これからスタッフ面接」


「はぁ⁉」

 申彦のキーボードを打つ手がピタリと止まり、眉間に深いシワが浮き上がる。


「じゃぁ健悟、残りはおめぇが書け!」


「えぇっ!俺、占いとか出来ないし」


「国語さえ出来れば問題ねぇよ」

そう言って申彦は束になった指示書を健悟に押し付ける。


「えっ!ちょっと!無理だって!!」


「面接忘れてて文句こくんじゃねぇッ!」

申彦は冷めた目で健悟を睨んでから、PCごと螺鈿細工の孔雀が描かれた衝立の後ろへと消えた。

実はその衝立の後ろには、更に二つの衝立があり、四方を囲むように設置されていた。中央には椅子があり、ささやかながら申彦を守る要塞となっていた。


「忘れてて悪かったって」

言いながら眺めた指示書には『恋愛運向上特集』の文字。思わず健悟はため息をもらす。


「情けねぇ顔してんじゃねぇよ!」

衝立の向こうから申彦の声がする。


神眼霊力?カメラ?どっちで見てんの?」


「隠しカメラに決まってんだろ?つまんねぇことに俺様の才能は使わねぇわ!」


「そりゃ、そうだな」

 テーブルの上の置時計に仕込んだレンズに思いっきり近づき、健悟は苦笑した。


「うわっ!」

途端に申彦の嫌悪に満ちた声が上がる。間違いなく手にしたPC画面いっぱいに健悟の顔が大写しになったのだろう。


その時ゴーンゴーンと教会の鐘のような呼び鈴が鳴った。


「おっ、来たかな?裃航太郎、21歳、なかなかのイケメンだよ!」

 満面の笑顔を再び大写しにして健悟は画面から消えた。




…壱の六へつづく

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