壱ノ参 美しいモノ
---館の中。
広い体育館を
その中央にだけアンティークなソファーセットと孔雀が羽根を広げた見事な
雑然とした空間に動く影二つ。
一つは衝立の前、重厚なソファーに座る美しいモノ。
濃紺の地に鮮やかな朱色の金魚が泳ぐ浴衣姿。帯は紫の兵児帯で、腰の辺りで尾ひれのように波打つ。
白く透き通る肌は陶器のごとく滑らか。髪はクセのない薄茶色で鎖骨に掛かるようにサラサラと揺れている。
そして涼しげな目元は切れ長。整った小ぶりの鼻梁と絶妙のバランスを保ち、淡い紅色を宿した薄い唇へと続く。
螺鈿孔雀の見事さへも目が行かなくなってしまうほど、それはそれは優美なモノ。人と呼ぶには現実味がないが、人形とするには無理がある。
…残念なことにそのモノのアゴ先にはまばらで薄いヒゲが生えていた。しかもそのモノはいかにも不服そうに、ノート型パソコンのキーボードを打ち続けていた。
そしてもう一つの影は、しっかりしたガタイの背の高い男。
いくつも潰したダンボールの箱を束ねている。軽く撫で付けた髪と濃い眉は黒々とし、はっきりとした二重の瞳は優しげ。それでいてどこか明治の偉人を思わせる凛々しい表情をしていた。
その男が顔を上げ、美しいモノに声を掛ける。
「なぁ、コレ、どこに飾る?」
手には古い日本家屋を描いた絵画。
「……」
「なんかココのイメージじゃないよね?」
「……」
「こんなのなんで志津さん送って来たんだろう?なぁ、どうする?」
問いかけにまともに答えることなく、そのモノはキーボードを打っている。男はあきらめたように絵を持って傍らに近づき、耳元で言う。
「おぉ~いぃ、聞いてるかぁ?
「ぅおっ!なんだよ健悟、うるせぇよ!」
美しいモノ、
「やっぱ聞いてない!だから、コレ!どうすんのかって」
健悟こと、
「そんなん、おめぇが決めりゃいい」
チラッと見ただけで、すぐに画面に視線が戻る。
「そういう訳にいかないでしょ?お前のばあちゃんが送って来たんだよ。ここオーナーでもあるしさぁ、やっぱ意味とかあるんじゃないの?」
健悟が額の裏を覗き込む。
「別に意味なんかねぇよ」
「そうかぁ~、時渡家の当主の志津さんだよ。無駄なもんは寄越さないんじゃない?」
健悟の言葉に申彦の眉が、苛立たし気に吊り上がった。
…壱ノ四に続く
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