壱ノ弐 蘇った洋館
頭の中に響く声に言われるままに男は角を曲がる。
開けた視界に広がったのは趣のある石塀の洋館だった。
(やっぱり、来たことがあるッ!)
男の背中を戦慄がゾクリと這い上がる。
あれは一年前。
入り込んだのは廃墟と化していたこの洋館。
食中毒を立て続けに出したとかで閉館に追い込まれた高級レストランは、買い手がつかないまま荒れ果てていた。落書きだらけの壁に割れた窓ガラス。破れた壁紙、抜けた床に散乱するゴミ。
深夜に呻き声が聞こえたとか、何者かの気配がするとか。都内でも有名な出るという噂の心霊スポット。
足を踏み入れては決していけない場所。
男が決して二度と近寄らないと誓った館の前に、今、立っていた。
「ここで…バイト?」
小刻みに膝が震える。
『そうじゃ、しっかりと潜り込むのじゃ!』
声は歓喜している。
「ダメです…ここだけは…知ってるでしょ?俺の感情、伝わってますよね?」
『無論、分かっておる。過去にいつまで捕らわれる気じゃ?よく周りを見てみぃ、この美しい館を恐れることもあるまいに』
逆らえるはずもなく、男はゆっくりと洋館に目を向ける。
そこには異国と思えるような風景が広がっていた。
がっしりとした石塀に深緑の三角屋根。建物のあちこちにある窓は半円形で、ステンドグラスになっているものもあった。薔薇の模様が施された黒い鉄柵の門。その向こうには色とりどりの花が咲く小道のようなスロープ。脇には瓶を持った天使が水を注ぐ小ぶりな噴水。その先に百合の花の彫刻が施された重厚な木の扉が見えていた。
確かにあの頃と見違えるほど、館は美しく蘇っている。
『大丈夫じゃ!案ずることは何もない』
声は自分を裏切らない。
男の中にあった恐怖が、みるみるしぼんで行く。
〝占いカフェ インソムニア″
ライオンを模した門扉の取っ手に掛けられた銀色のプレートの文字。
男は意を決して大きく深呼吸する。
つい数日前にネットで応募したバイト先。学歴年齢問わず。但し容姿端麗に限るという妙な応募要項。
間違いなく自分はここで雇われる、絶対的な自信。
『必ずや、ここに潜り込むのじゃ』
「はい、神様の期待に応えてみせます!!」
…壱ノ参に続く
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