壱ノ章

壱ノ壱 奇妙な面接者

「大丈夫、分かってますって」


その男は誰かに語りかけるように呟きながら渋谷の雑踏の中を歩いていた。

土色でげっそりとこけた頬。ツヤを失くしたクセ毛が張り付くように首筋まで覆う。それなのに窪んだ瞳だけは爛々と輝いていた。


やせ細った身体、前かがみで足を引きずるように歩く姿は老人のようにも見えた。

しかし身につけた服はスワロスキーのドクロが胸に描かれた黒の半袖Tシャツに、ジーンズ。腰にはシルバーのウォレットチェーンが揺れていた。


「次、ここを曲がりますか?」


その声と姿に、前方から来た女子高生が嫌な顔をして脇に避ける。それが面白いのか男はニヤリと笑みを浮かべている。


「恥ずかしがらなくていいじゃん」


唐突にニュっと女子高生たちに手を伸ばすと、キャァと叫んで逃げて行く。男は楽しげにアハハと笑った。


『要らなぬことはするな!』


途端に叱責する野太いが頭の中に響く。


「すみません」


反射的に男が謝る。


『配慮が足らぬ行動はお主の人生を破滅に導くと常に言っておろう?』


「はぁ…」


は軽くため息をもらしてから続けた。


『まもなく目的の場所じゃ、慎重に致せ!わしの言う通りにお主は従うだけで良いのじゃ。分かっておろう?』


「はい…」


男は恐縮して肩をすくめた。


『ならばその坂を右に』


「はい」


角を曲がると途端に閑静な住宅街へと変貌した。その風景を見ながら男は以前この道を通ったことがある気がしてきた。


「前にも来たかな?」


『だから何じゃ?』


「あっ、いや別に…」


『ふん、要らなぬことばかりじゃの。…その坂を登り切ると公園がある、その脇道を左に』


「あっ、はい…けどぉ、あのぉ、また要らないことですが…」


男が恐る恐るという感じに問いかける。


「どうして今さらバイトなのかなって」


『本に要らぬことを!お主、不服か?ならば問うが、今まで儂が間違った選択をさせたことがあろうか?』


「不服とかじゃなくて!いや、ここまで俺有名になった訳だし。それなのにバイトって…」


『ほぉ、意見するとはお主も立派になったものよ。そろそろ儂から独立するか?』


「独立って?どういう意味ですか?」


『儂が消えても問題あるまいということじゃ』


「きっ、消えるって!!ごめんなさいッ!違いますからッ!バイト、ちゃんと、バイトしますから!!」


このを失うことは、男の人生の破綻を意味する。

男は細い首を折るように何度も地面へ頭を下げた。


『ならば何がなんでも、面接に受かることじゃ!その角を左じゃ!』


「はい!」


背筋を伸ばして言われた角を曲がった。


…壱ノ弐に続く


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